「ポスモ/ニューアカ」の受容のされ方

 「ポスモ/ニューアカ」のこと。殊に、本邦日本語環境におけるそれらの受容のされ方について。

 「ポストモダン」がどのへんからどういう経緯で浸透していったのか、ということ自体、実はあまりよくわかっていない気がする。というのも、それぞれのその頃の立ち位置、どういう場所にいてどのような情報環境で日々呼吸していたか、によって、その同じ「ポストモダン」のイメージから相当に個々の違いがあったと思うからだ。

 たとえば、文学界隈で受け止めたそれと、建築学や美学、芸術界隈で受容したそれとはかなり様相が違っていただろうし、またそれを海外の文献経由で直接に、というのと、翻訳されたもの、ないしはさらにそれらを再解釈、再々解釈繰り返した後の解説本を通しての理解というのとでは、さらに彼我の距離や違いは大きなものになっていたはずだからだ。

 リクツや能書きとしての「ポスモ」は、だからそういう意味でも何もほとんど語っていないのかも知れない、その時、その時代状況の中でどのようにそれが受け止められていたのか、ことばの本来の意味での「歴史」の〈リアル〉との関わりにおいて、という意味においてはなおのこと。

 言わば、「一発逆転」アイテムとしても理解されていたところはあった。それまでの「継続」やその上での「蓄積」、そしてそのために身近で具体的な人間関係からのまるごと現状への「服従」その他、その頃はまだ無条件で必須とされていた「そういうもの」としての世間/オトナのあれこれの約束ごと、というのがとにかく全部「ダサい」「カッコ悪い」一発で速攻嗤い飛ばしていい、という気分が当時、下地として共有されるようになり始めていたこと。それこそ「80年安保」(橋本治)のある部分での内実としても。

 否定とか抵抗とか破壊、とかじゃない、「嗤い飛ばす」こと、それが基本にあった。正面から否定/抵抗/破壊みたいなこと自体もう「ダサい」になってて、そういう意味でそれまでの「運動」的なノリ自体をとにかく「嗤い飛ばす」だった。それこそ「新人類」「ニュータイプ」系幻想の肥大なんかともあいまっての同時代気分として。

 MANZAIブームなどもそういう同時代気分のある突出点だったところはあって、な。「笑い」が時代の基本的な感覚&身振りとしてみるみるうちに世間一般その他おおぜいにまで浸透していった過程。しかもそれまでの対話や文脈介したものでなく、それらを「速度」でぶっちぎってゆくような刹那/瞬間的な。

 「おたく」(当時の)ですら、そういう「嗤い飛ばす」視線を内面化していた当時のカルチャーエリート的なところはあったわけで、な。先の「速度」と「センス」の刹那的併せ技がもたらす当時の「空気」としての正義に沿って「なんちゃって」的な自虐的気分もまた共有されていたとおも。

 マンガやアニメ「ごとき」の「くだらない(とされている)もの」にここまでマジになってる自分たち、という自意識。ある種「やつし」の感覚というか「敢えてやっている」感の基本設定。だからバカにされるのも自明に織り込み済みで、でもだからこそのプライドや自意識も昂進していたというからくりが。