ヴィレバン・TSUTAYA・イオン≒「カルチャー」?

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 ヴィレッジバンガードの存在感について。殊に「地方」の空間においての。Twitterより。

ほんとうにこれ、都会の奴はすぐビレバンをバカにするが、大型ショッピングモールの中の量産型ビレバン以外にカルチャーの存在しない土地というのが日本にはかなりある。

 ヴィレバンが「マチっぽいオサレ」≒「カルチャー」の窓口、って意味なら、そりゃTSUTAYAなんかまるごとそういう「カルチャー」の袋詰めみたいな空間、よくわからないけどキラキラしたステキなものがいっぱい詰まった場所に見えるんだろう、善し悪し別にとりあえず。

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 かつての「地方」、ひらたく言って「イナカ」の空間でも、たとえば書店や化粧品店なんかがそういう「(当時の)マチっぽいオサレ」の窓口にはなっていた。商品経済がイナカのムラなり地域なりに入り込んでゆく過程というのは、それこそ経済史的枠組みで言われてきてたことだけれども、それが具体的な日常の空間にどういう現われ方をしてゆくのか、といったあたりの個別具体の生活感覚に反映されるそれら「経済」の現われ方、といった視点は案外、タテ割りガクモンの世間ではうまく視野に入れられてきてなかったかも知れない。
 たとえば、いわゆるよろず屋的店舗――でき始めた当初は単に「ミセ」とだけ呼ばれてたりするような、ちょっとした食べ物や日曜雑貨的な「商品」が並べられる場所が出現してゆく過程で、そこに並ぶブツ≒商品自体がそのムラなり地域なりの日常の感覚に案外大きな刺戟を与えてゆく。そこに並ぶさまざまなブツそのものもさることながら、それら商品にまつわる「広告宣伝」――具たとえばポスターやチラシの類からパッケージや包装その他も含めての色使いやデザインの派手さ、きらびやかさというのは、当時のイナカの生活空間じゃものすごく眼につくものだったりしたわけで。

 そういう意味では、ヴィレバンだけでなく昨今のTSUTAYAなんかも同じで、東京その他大都市圏にあるTSUTAYAとは違って、地方にぽつんとできたTSUTAYAってのは、かつてのイナカのミセほどではないにせよ、でもやっぱり「ああ、マチっぽい場所だあ、オサレだあ」感をあからさまに放射発散する空間になっている。日常感覚の水準ではまさにそれこそが「商品価値」の源泉だったりするらしいのだ。
 先日、ご当地に新たに開店した江別のTSUTAYAにしても、地元の市街地の中心 (たいした賑わいでもないが) から少しはずれた住宅地にあるんだが、でもだからこそ、そういう「マチっぽい場所」感がすんなりと、かつ際立って発散できているような印象ではあった。あれ、駅前とかだったら逆に陳腐な感じを持たれるようになっていたかも知れない。

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 つまり、そういうTSUTAYA的「カルチャー」感「マチっぽいオサレな場所」感というのは、同じ「マチっぽさ」でも旧来の、それこそ「戦後/昭和」なこれまでの空気やたたずまいを連続的にはらんでいる駅前商店街など市街地のそれでなく、明らかに「郊外」「ロードサイド」的な空間でこそ、すんなり〈いま・ここ〉の日常感覚になじむものになっているのだなあ、と感じる。

 で、それをさらに大々的に、かつ「日常orふだんの生活」にぐいっと引き寄せたミもフタもなさが、たとえばイオンのモールだったりするらしい。広い意味での「ショッピングモール」的空間ということなんだが、でもそれはスーパーマーケットとはまた別の受容のされ方、意味づけられかたを日常感覚の水準において無意識含めてされてきているように思う。ある意味それは、海外旅行的体験――実体験だけでなく情報介してのものも含めてのある種の「非日常」感が介在してこその価値づけられ方であり、それらがあっての受容のされ方という印象がある。

ヴィレッジヴァンガードの少なくとも本の品揃えはそこまで目新しいものは無いけど流行り始めの時期はまだAmazonがそこまで普及してなかったのでナウシカとかあのへんの大型漫画との出会いは限られていたかも🤔💭雑貨は安価(ここ重要)

 確かに。Amazonの普及によって「物流」の意味が根本的に変わってきてしまっていること、殊に「地方」の日常感覚にとっては、という視点がここでもまた否応なく重要な補助線になってこざるを得ないわけで。日常の空間と言いつつ、それが単に物理的な空間という意味だけでなく、同時にそれら空間を「生きている」ことで受容する生身の側の感覚の変容という要素を考慮してゆく必要があるわけで。*1

 さらに一方で、こういう決定的な視点も、また。

『カルチャー』が『オサレで街っぽい』っつーのも大いなる誤解なわけで。音楽スタジオから中古のルアーまである、こんな田舎のカルチャーも侮れないっすよ。ココhttp://otakarakaitori.co.jp/ブックオフラウンドワンでも抑えとけば、都会の意識高い連中をやっつけるのは簡単っすよw

 万代書店問題、というのがここにきて再び浮上してきてしまった。そしてその先には、ああ、当然のことながらあのドンキホーテ問題が……(´;ω;`) 

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*2

*1:で、これは違う角度から言えば、たとえば文芸批評や文化コンテンツ「分析」における「読者」「消費者」の視点が立体的、複合的「わかる」のためには共に必要になってくる、といういまどき同時代的な人文社会系の〈知〉にとっての普遍的なお題、とも連なってくるという例によっての膨大なおハナシ、にも、また

*2:おそらく関連して(´・ω・)つ king-biscuit.hatenadiary.com king-biscuit.hatenadiary.com