「通史」的大風呂敷へと向かう性癖・メモ

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 「通史」を書こうとかまとめようとか思ってしまう、そのこと自体がある特殊な性癖、いわゆる通常型の〈知〉とは異なる領域に足踏み込まないことには獲得できないようなものなんでないか、と思っている。「通史」に向かって発情するのは「おはなし」に向かって発情するのとある意味同じことなのだとも思う。あるいは「一般理論」や「構造」的な方向へ向かってしまう性癖などとも、また。

 たとえば、同じハコとしてレヴィ=ストロースパーソンズなんかが思い浮かぶ。もちろん脈絡や背景その他全部すっ飛ばしたところの極私的で漠然とした印象論としてでしかないけれども、いわゆる抽象化の果て、個別具体の水準からどこまで遠く「普遍」へと向かえるか、そこに近づけるか、といったある種宗教的信仰的な「熱意」に支えられた営みとして。

 西欧的な脈絡での「科学」という信心への成り立ちとかに関わってくるのだろうが、ならばそれを本邦ポンニチ的歴史文化民俗的背景でどのように理解し受容し語り直しながら上演していったのか、というあたりの経緯来歴についても、同じ日本語環境の懐である程度自前で「わかる」にしようとしておかんことには、どんなに誠実にマジメに精緻に歴史だの文化だのの能書き振り回そうとしたところで、あまり実になる作業にならないように思う。

 たとえば、明治以降のそういう「通史」志向性といえばまず出てくる名前の徳富蘇峰にしたところであれ、いわゆる近代的な〈知〉のありようからしたら端境期というか、近代以前のあれこれを未だふんだんに内包包摂しとった物件、としか言いようがないはずだし。別方向ではあれど、佐藤紅緑なんかも近い印象がある。とにかく大風呂敷。そしてその大風呂敷を成り立たせていることばの網の目自体がそもそも何か根本的に違っているような。それは畢竟「世代」性の規定するところはあるんだろうとは思うけれども。*2

 柳田國男ってのはだから、そういう文脈から考えても規格外というか、そういう「世代」性の例外事例みたいなほんまにけったいな存在だったかも知れない、と改めて。蘇峰や紅緑的な大風呂敷全開の「通史」志向性をあらわにしても全く不思議のないような「世代」性に生まれていたにも関わらず、どこまでもそれを抑制してゆくような「わかる」への歩き方を選択していったとしか見えない。鴎外的な、西欧近代をある角度ある方向から見てしまったそういう理解の上に立った抑制の気配。そういう意味ではめんどくさく、いまどきのもの言いで言えば陰キャな〈知〉ではある。開放的で脳天気な陽キャヒャッハー系の〈知〉とは理屈以前にまず生身としての反りが合わないだろうし、と言ってそのような西欧近代自体に対峙しようともしないしそもそもそんなこと考えもしない恒常的な常民のモードを根本的に持ってしまっているような〈知〉に対しても疎外感を抱いてしまっただろう。熊楠や尚古会系「趣味」人界隈への距離の取り方は後者の例なんだろうと思う。ただまあ、晩年に至ってそのへん抑えが効かんようになったというか、戦後の最晩年のあの「海上の道」に至る、まるで湯の中でとろろ昆布がほどけてゆくような、はたまたフリーズドライの具材がみるみる形になってゆくような大風呂敷開陳の道行きは、人生先行き見えてきたことも含めたあれこれ事情に背中押された「通史」的「わかる」への鬱勃たるパトス抑えがたく、てな感じでそれはそれである意味微笑ましくもあり。

  「量」が「質」を凌駕してゆく過程と、その転換点みたいな話ではあるような、そのへんは。で、おそらくそれが母胎となるべき社会なり地域なりのスケール(いろんな意味での)の問題も関わってくるような気はする。*3

*1:「通史」に限らずそういう抽象や普遍への志向性が稀薄な自分を自覚しているからこそ、こういうことも考えんとあかんのだろう、と。昨今いろいろ取り沙汰される通俗「通史」本がらみのあれこれも含めて。

*2:近代以前近世的な情報環境におけるある種の漢文脈の〈知〉との関係は当然想定しなきゃいけないんだが、ただそれもどういう脈絡でそれに接してきたかというあたりの腑分けが大事なのかも知れない、個々の知的形成過程において。

*3:直近関連その他、本ノート以外も含めてだと、このへんになるかと。 king-biscuit.hatenablog.com king-biscuit.hatenadiary.com king-biscuit.hatenadiary.com