「若者」とオトナの世間、その関係について

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「若者のやる気と熱意」を常に高く評価してしまう設定になっとった堺屋から見たら、橋下なんかまさにその典型みたいに見えたんだろうな、と。

 伊藤整が慎太郎に騙され、鶴見俊輔小田実に騙され、埴谷雄高その他が村上龍に騙され、龍を全否定した江藤淳田中康夫中上健次に騙され、山口昌男中沢新一浅田彰に騙され……(以下略) 、あ、これって慎太郎が橋下に騙されかかっとったのも含めていいかも。

 実際に学生でもそうでなくても「バイト」のまんまずっとほっとくというのは基本想定外で、長くそのままでいるようなら、見かねてどこかで声かけて常勤にするとかが世間の側からしても一般的な感覚だったわけで。いい加減何とかしてやらんとあれ、そのまま腐るぞ、的な感覚。時期や時代その他にもよるが、♂で概ね30歳が目安とか。♀でバイト専業なんてのは、たとえ目的があってもまずあり得んかった時期のこと。とっとと縁談でも何でも世話してやるのがスジだった、と。

 バンドや芝居、って「夢を追いかけて」の定型みたいに言われるようになっとるけど、それ以前はまあ歌手やスターwか。それでもバイト続けて自前でそういうのを仲間たちと頑張る、ではなく師匠なり先生なりについて「弟子入り」してのこと、というのがある時期までは定型だったはずで。もちろん悪いオトナなんてのはどこにでもいたろうが、それでも「弟子入り」的に紐付けられるのが前提だと否応なくある種の「関係」は作られざるを得なかった分、最後は田舎≒故郷に帰すなり何なりの後始末ってのも選択肢としては割とあり得たはずで、なあ。

「おまえそれ、いくつになったら喰えるようになるんや?」と、「入院」したいと言うた時に尋ねてきた死んだオヤジは、思えばまっとうだったわな。

 30歳くらいまでやるだけやってみて見込みが立たんかったらその時はあきらめてできる仕事する、みたいな返事した記憶がある。まあ、その程度のゆるい目算しかなくても、その30歳くらいになった時に「できる仕事する」というその「仕事」が全くないということは想定できなかった時代の話ではあるが。

 だから「入院」しても、どうやったら喰えるようになるか、を最初から必死こいて考えてたし実際バイトはそれ以前からずっとやってたから「自前で稼ぐ」ことは習慣化しとった分、大学なり研究室なりを自明の楽園としてそこにこもって、的なモードはついぞ自分のものになることはなかったんだなあ、と。

 国公立大「入院」衆と行き会うようになってその鷹揚ぶり、銀の匙ぶりに気が遠くなった記憶が。ほんまに世間が「そこ」しかないんだわ良くも悪くも。でもだからと言うて超絶優秀とも思えんかった、ほとんどは。なんだこんなもんか感と、でも決定的に育ちが違うなあ感が同時に押し寄せてきた時期。もちろん大綱化はるか以前、たとえ人文系であれ猫も杓子も「入院」するのが賢い、みたいな風潮などカケラもなかった時期のことでありまふ。就職難の最後の時期だったけど、同期半径クラス程度で「入院」は他におらんかったはず。みんなそれなり一流企業なんかにもぐり込んでたから今頃どうしとるんか。

*1:堺屋太一逝去、の報に関連して。大阪維新の会の顧問みたいな役回りを最初からしていた彼の「若者」幻想に関しての雑感。