ギロッポンストリートの思い出・メモ

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 どうなったか。すぐに反応してトレードしてくれと言われてたくさんトレードしたのだった。こすりの実権をしたり、向かいのWAVEにも走って12"を買いに行ったりしていた。懐かしい思い出である。


 通りにラーメンの屋台が出ていた。その店主が良く「あんたみたいな音楽をやっている人で、マンデイ満ちるって人が良く来ててね。今は何をしているのかな。常連でね」とマンデイさんを懐かしんでいた。


 ハードロックカフェのシャツを着てるおっさんが流れてきてはおかしなリクエストをしたり、おかしなナンパをするのがいやだった。偏見であり偶然が重なっただけかもしれないが、たいていその類はハードロックカフェのシャツを着ていた。だからと言ってハードロックが好きなわけでもない。


 某ビルの娘も常連で、ある日「後でクリーニング屋が来るから引き取っておいて」という頼みを引き受けたら、料金が40万円で、ああ六本木だと思ったりした。もちろん料金は払えなかった。

*1:「六本木」の世相、変遷の民俗資料的に。「ギロッポン」というと、どこか東南アジア的な響きにも感じるのはなんでだろ。