いわゆる財政均衡、プライマリーバランス論、というのは案の定、現代社会における「民俗」であるらしいこと。Twitterより。
んー、プライマリーバランス論も妄念の類じゃし、全て実体経済のデフレ状況のせいにくくるのもまた、妄念の類じゃと思うのよな。つか経営者として給与あげたり入札や交渉やらしてると非常に思うのは、お前らの、この業務の対価は低廉なこうであらねばならぬ、という妄執はどこからきた?という疑念。
特に公務員系と交渉してて思うのは、彼等が業務委託をするときには付加価値や管理費、設備再投資や人材育成、その業務の継続可能性、あたりの積算が明後日のレベルで、その上でコストカッターとして物を言ってくるという点。年の頃40半ばから50代か。周囲からは出来るという評価なのだろうが、ポンコツ。
で、その出来ると何故か評価されるポンコツ共に、失敗するぞ地域を潰すぞと言っても聞く耳もたず。そして失敗もしくは、使い捨ての年金労働者やロスジェネ買い叩きで参入してくるアホ業者が無理やり数年やってみせて、突然あぽん。だがもはやその安さで業務を受けることができるまともな業者も消えてる。
変な話、ワシらのとこも含めて、自治体がらみはこの手の地獄がたくさん起きてて、結果、エサを食いにきたハイエナが地域外に利益だけ持っていって、食いカスだけが残るっていう。町おこし、サービス向上、無駄を省く…。それ、経営もゼニも実務も知らねえでやって。そしてこの感覚は景気動向を超えてる。
この感覚は一般にもあるわな。はっきり言えば公共交通の対価。輸送料。JR四国、JR北海道、こんなん補助金ぶちこんで料金あげるのが大正義なのにそれはさせないという風潮、常識。路線バスのうんちゃんが13時間拘束で事故っても総支給300万代じゃないとなりたたない経営上の料金しか認めない社会。
整備士も総支給が300万をきる給与でなければ成り立たない車検代や整備報酬しか認めない社会の認識。これは果たしてなんなのか。プライマリーバランス論、国民の借金論的な誤解、妄念の上になりたつ何か、としか思えない。間違った常識が公務員にも民間にも、物をわかってる風な連中に蔓延してないか?
なんつーか、一番負けたら困る公共事業や公共サービス発注元の国や自治体がアマチュアの論理に負けてて、政治家がそのアマチュアの論理受けを狙ってその手のアホな政策やシーリングや予算どりへの文句をつけて、結果的にいろんな意味で再生産が効かなくなってるわな。それが給与と設備にモロに来てる。
もうここまで来たら、とにかく給与やコストを抑え込むことが正義と思ってるバカとの戦いのような気がする。それが常識とか思ってる。養老先生のいうバカの壁もコストカッター馬鹿バージョン。こいつらのアホな感性と常識粉砕しないと景気動向もクソもないんじゃねえか?とりあえずゼニを回す話をしろ。