ある家庭事情・メモ

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 ある日突然献身的だったはずの旦那さんがパッタリ来なくなり、それどころかそこそこ頻繁に訪れてた身内の方も来なくなってしまった。突然の事で何かあったのかと気を揉んでいる中で女性の認知症は進み、それと共に他害行為が目立つようになってきた。職員だけでなく他の入居者さんにも手を出して、その都度の報告にも留守電で連絡がつかない。(だが小遣いやオムツ購入費用だけは現金書留で送ってくる)ケアプランの見直しの時期か迫っており、相談員と施設ケアマネが留守電に訪問日時を告げて自宅を訪れると同居していた息子夫婦が出てきたが旦那さんがいない。


 とりあえず最近の状態や状況、ケアプランの説明をしたが説明の途中で『全てそちらにお任せします』と。
 そこで相談員がご主人はと恐る恐る聞くと、入院していますとだけ答えたそうだけど、なぜか夫婦揃って涙ぐんでいた。
 何かの事情があるんだろうと察してただお母さんのケアだけは遺漏なくおこないたいのでと告げると、息子さんがあの人の世話については近いうちに相談に上がりますとだけ。それまで申し訳ないが金銭面や手続き等以外はそちらに任せます、と。
 さすがに無茶なと思ったが息子夫婦、特に息子さんの顔色は悪くげっそりと痩せ細っていたので、お待ちしていますとだけ告げて家を後にした。


 その後は不穏な状態の女性をルームコントロールや介護体制の変更でなんとかケアしながらしばらく経って。息子さんが弁護士ともう一人男性を連れてやって来た。そこで切り出された話は、保護家族の変更。つまり息子さんから今後はこの男性が彼女の保護者という事になると言うことだった。


 ここからは弁護士の話――女性は実はあの旦那さんと結婚する前に結婚歴があった。高校卒業と同時に親の決めた相手と結婚して男の子を出産。それが今日来ている男性と言うことだった。そして女性はその男の子が一歳になるかならないかの時に駆け落ちしたらしい、と。もしかしたらこの男性が初恋の人なのかとも思ったが、年齢的にまだ50前後に見えるので・・・と思っていたら・・・・まさか息子だったとは。だが長男もれっきとした息子のはずなのにこの手のひらを還したような対応は・・・・と思っていたら、そこからは上の人間との話になると言うことで、ヒラワーカーは退席。


 その後、その女性はあの男性の住む地域の施設に移っていった。移る当日も長男も身内も入院している旦那さんも顔を出す事はなかった。やっと親子水入らずで過ごせるというあの男性の笑顔とは裏腹に、その女性は時々誰かの名前を聞き取れないほどの小声で呟くのみだった。


 ここからの話はあくまで噂として流れてきた物なのでどこまで本当か分からないが・・・・どうも彼女が駆け落ちした後ににっちもさっちも行かなくなり、男と共に転がり込んだのがその初恋の人の家だったらしい。(初恋の彼の家は開業医でそこで働いていたとか)だが、その男が問題を起こして、長くはいられなかったらしい。その時も大変だったみたいだよ、と言うベテランナースさんに、なんでそんなに詳しいの❓と聞くと、私の母親が看護婦として若い頃からその初恋の彼の父親がやっていた医院に勤めていた、とさらっといい放った。だからこの話は噂話にプラス母親から聞き出した話を足してると註釈をつけられて。


 でもあの人、母が言うには先代の先生が就職先まで斡旋して色んな保証人にもなってるのよ、と。実家を勘当されている若い女性には世間は厳しい時代だったから温情だと思う、と言った後に、しかも子供も引き取ってる、って話には仰天した。


 引き取った子は親戚に養子として引き取られているらしいけど詳しいことはね・・・・と語るナースさん。でも、なんで長男さんは実の母親を見捨てるような事をしたんでしょうね、と言うと、多分あの旦那さん、何も知らずに若先生(初恋の人)に会いに行ったんじゃないのかな、と。何も知らないってのはこの話した事ですか❓と聞くと、まあそれも含めてだけど・・・と言葉を濁して、さっき言った引き取られてたお子さんの話に戻り、あの女性が結婚するっていう話を先代の先生に報告しに来たらしいけど、相手は連れずに一人できたらしいのよ、と。でも、結局引き取るとかいう話でもなく、温厚な先代が激怒して追い返してそれっきりらしかったのよね、と。どうも過去の事は内緒にしたいと言いにきたらしいけど、先代の耳に変な話も入ってたからね、「と言うので、どんな話、というと、あの長男がなんで母親を拒否したのかとか旦那さんが倒れたとかいう所から考えなさいと分かんないです、と素直に答えると、鈍い、と一声。


 先代が紹介した会社の社長の息子、それが女癖があんまりよくないって事で社内であちこち女子社員に手を出してたって話。つまり・・・そう、もしその社員の息子と・・・というナースさんに、いくら何でも、と返すが、引き取った女の子に実の母親は結局知らしてない(亡くなったと伝えていると)、知らす事の出来なかった理由があるとしたら。ただでさえ知らせてショックを受ける事案なのにその後もショックを受ける事が続いたらどうするの、と。多分若先生(といってもすでにこの時70過ぎのお方だけど)は全部喋ったのかもね、と。


 もしも、あの人のいい旦那さんが長男が別の男の種だと知って承知して結婚したとしたら・・・認知症で自分の事も分からなくなって挙げ句に初恋の人の名前を連呼されて、その初恋の人の所へ会って欲しいと懇願に行って、知らなかった事を知らされたとしたら、今まで我慢してた事が一気に崩れたのかもね。でも、それはあくまで推測ですよね。そう言うとナースさんは、まあそうだよ、と笑って喫煙所での濃い会話は終了する・・・はずでした。余計な一言を言わなければ・・・


 でも、初恋の人っていうか若先生もそんな事をいう必要があったんですかね・・・・と喫煙所を出ようとするナースさんに言った途端、ナースさんがつかつかと歩み寄って、自分が関わったばっかりにあの女性が男と乳呑み子を連れてやってきた、それで男が自分の身内を汚して逃げていったんだよ、とにらみつけた。マジっすか・・・・


 ナースさんはしまった・・といった顔でこれは口外するなと厳命された後、若先生の妹さんが・・・・と。『その男と出来てしまったんだよ』と。それでそそのかされて金目の物や何やらを盗み出す手伝いをさせられて男はそのままドロン。残された妹さんはその後自殺。検死の結果、妊娠していた事が判明したと・・・・そりゃあ、あのお歳だもの、墓場までもって行く前にぶちまけてもバチは当たらないよ、と、今日のこの話は後半はあくまで推測だからね、と腹パンをかまされてお話は終了しました。


 あれから一度だけ、女性が施設を引き払ってから長男夫婦が挨拶に来た事があります。その時に旦那さんが亡くなられていた事を知りました。長男さんは知る限り一言も母と呼ばずに『あの人』と呼んできたのが記憶に残ってます。


 この話は以上です。そのまま話を書く訳にいかないので、家族構成や場面、登場人物にはフェイクを入れてますがネタ扱いしてくれたらまだ救いようがあるかなと・・・読みにくいツイを長々と続けてしまいました、フォロワーのみなさん申し訳ない。

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*1:「世間話」のうち、かも知れない。医療や介護の現場でのこういう「おはなし」は、以前の2ちゃんねる掲示板時代から本邦のweb文化のある特性のひとつとして連綿と「語られる場」の伝承がなされてきている、らしい。

*2:どうして人はこのような挿話を「おはなし」として語りたくなるものなのか、という問いは昔も今も変わらずあるわけだけれども、Twitterを介してこれらを「語る」ことは、スレッドフロート型時代の2ちゃんねる以来とも言えるある断片を連ねてゆくことで、それらを「聴く≒読む」側の合の手や応答の類を想定しながらの作業になるという意味で、話し言葉による口承的「関係」と「場」に実は近いところがあるのかも知れない、とは思っている。これまた要検討お題ではあるのだろうけれども、とりあえず。