近代日本の転向は、すべて、日本の封建制の劣悪な条件、制約にたいする屈服、妥協としてあらわれたばかりか、日本の封建制の優性遺伝子的な因子にたいするシムパッシーや無関心としてもあらわれている。
このことは、日本の社会が、自己を疎外した社会科学的な方法では、分析できるにもかかわらず、生活者または、自己投入的な実行者の観点からは、統一された総体を把むことがきわめて難しいことを意味しているとかんがえられる。
分析的には近代的な因子と封建的な因子の結合のようにおもわれる社会が、生活者や実行者の観念には、はじめもおわりもない錯綜した因子の併存となってあらわれる。
もちろん、けっして日本に特有なものではないが、すくなくとも、自己疎外した社会のヴィジョンと自己投入した社会のヴィジョンとの隔りが、日本におけるほどの甚だしさと異質さをもった社会は、ほかにありえない。
日本の近代的な転向は、おそらく、この誤差の甚だしさと異質さが、インテリゲンチャの自己意識にあたえた錯乱にもとづいているのだ。
1958年11月初出だから、すでに60年以上前の古証文。しかも、書き手はあの吉本隆明ではある。
彼がその独特の話法、レトリックと共に提起してみせた「生活者」というもの言いのもたらした破壊力が、同じく吉本謹製の「自立」などと共に当時の情報環境において相当に大きなものだったらしいことは今さら言うまでもない。その残留放射能ははるか後、昭和の末期あたりまでは本邦日本語環境における「論壇」「ジャーナリズム」界隈に濃厚に漂っていたし、その後の状況においても、本人たちはほぼ無自覚のうちにそれら放射能めいた影響はいろいろと後生にも悪さをしているように見える。*1
だが、そんなことはひとまずどうでもいい。〈いま・ここ〉からの「読み」に改めて合焦したのはこの赤字の部分。ことばと主体の関係、ことばと現実の紐付き方の問題というのが、この「転向」論の文脈であっけらかんと放り出されている、そのことだ。
いまさら転向論でもあるまい、と嗤う勿れ。かつて読んだ時と異なる状況、異なる文脈に置かれた時に、同じ文字/活字のテキストが信じられないほどまた別の可能性を示してくれることはそう珍しいことでもないし、まただからこそ日々やくたいもない古書雑書古証文の類をためつすがめつとりとめなく、めくってみているのだ。そういう「読む」の豊かさにありがたく感応した経験が身にしみてあるのだから。そしてそのような「読む」こそが文字/活字の底力との黙契なのだと未だ信じているのだから。