モノと終活

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 父が選択肢を使い果たし末期癌の緩和ケアに突入する運びになったが、父の人生の幕から時をおかずして実家も畳まねばならぬ身として、弟と人生始まって以来最高の連帯感で結ばれている。
モノ溜め込み系・捨てられない系の親を持つ皆さん、特に一戸建ての場合は冗談抜きで地獄を見ます。がんばろうね。


 特にわが実家は

 ① 田舎の一戸建てゆえ総面積および収納が異様に充実
 ② 隣の敷地の祖父母の家も手つかず
 ③ 父の異様な収集癖および空きスペース恐怖症
 ④ 母は早くに他界し、約10年父の買い物中毒に一切ストッパーなし

と条件が役満


 前世の悪業の罰かな、と姉弟で呟きつつ粛々と作業。


 新聞、雑誌の類もなんと昭和40年代の号から揃っている。保存状態がよければなんらかの価値もあろうが、父の場合、読み終わったものをただ前号の上に積み重ねただけなので、最下層のものは今や砂と化し、自然に還る目前だ。元喘息持ちの弟とハウスダストアレルギーの私。命を危険に晒す実家処分……


 晩年(まだ死んでないけど)豆から挽いてサイフォンで入れたコーヒーにこだわり始めた父。居間の壁を埋め尽くす棚に並ぶのは、サイフォン30個、コーヒーミル11個。他にもドリップ専用ポット5個、コーヒーメーカー3台、エスプレッソマシン2台……カップにはハマらなかったのがせめてもの救い……なのか?


 不謹慎なのは重々承知ですが、東北地方にちょっとだけ強めの地震きてくれないかな……キャビネット地震対策していないから、震度3強くらいでサイフォン系は大部分がある程度壊れると思うんだよな……破片を片づける方がまだ楽なんだよな……


 話を誇張していると思われるかもしれないが、悲しいことに1ミリもたりとも話を膨らませてはいません。もっと怖い話をしますが、父は本と調理器具に加え、映画と木工とITガジェットと便利道具マニアでもあるのです。本当にどうしたら……晩年はコーヒーと同時期に自家農園にもこだわり始め、完璧症タイプにありがちな「まず最高の道具を完璧に揃える」メソッドで突き進んだため、一時期は耕運機から鍬からふるいから、とてつもない量の農機具で菜園の納屋はパンパンでした。あの処分も本当に大変だった……


 今や痛みどめを打ちつつ死を待つばかりの実の父に対して、冷たい娘と思われる方もいるかもしれない。でも、親とはいえ他人が愛着もなく集めただけのモノを処分するのに自分の時間と金銭と体力を注ぎこむのは、本当に精神を消耗する。親がまだ歩けるうちに、意思決定できるうちに、話合いの機会を。


 お盆や年末年始の帰省の際、何年も前からマズい気配を感じてはいたけれど、自分もまだ20代で危機感がなく明確に口出しできずにきた結果がこれです。帰省して元自室のクローゼットを開けると、そこには1階の和室の押入れにあったはずのものでぎっしり……それらが元々の収納場所を見てみると、父が一時凝っていたアウトドアブランドのジャケット類とザック類が端から端まですし詰め……内心ゾッとしつつ、いい大人の父に自身の収入の使い道を指し図するのも躊躇われ「お父さん、また買ったの〜?買いすぎじゃない?」とあくまで明るいトーンで注意してきた……つもり……だったんだ……満場が予想される通り、そんな精一杯の気遣いなど父には微塵も伝わらず、年々「一時期凝っていたモノ」が家の奥へ外(ガレージの2階とか)へと堆積していくのを止められなかった……ホコリを被って劣化し、今や使いものにならなくなったモノたちも可哀想。父に買われなければ、クタクタのボロボロになるまで使いこまれて、モノとしての本分を最大限に発揮できたかもしれないのに。


 元弟の部屋のクローゼットに数十着ズラリと並んだ、PatagoniaやNorth Faceの全種コンプリートされたジャケットやシェル達を眺めながら、弟とそんな話をしました。


 ちなみにわが家は、約10年前に50代で急死した母も「捨てられない系」で、母の葬儀後、クローゼットの奥から、年代順にきれいに堆積した就職直後からの給与明細が発掘され、モノがモノだけに全てシュレッダーにかけました。給与袋に入ったままで、たまに現金も混じっていたため一つ一つ袋を開けて中身を確かめ、薄くて扱いにくい紙を全てシュレッダーにかける。あの時も弟と2人で流れ作業で全て処分しましたが、最初の方はしんみりしていたものの、1時間後くらいには2人ともただただ無表情で淡々と作業していたのを思い出す。本当にウチは両親そろって……泣


 それから、父のようなITガジェット好きな方(特に一人暮らし)には、自分以外の他人に家に入ってもらう時の対策を平時から考えておいて欲しい…


 亡父はITガジェットや電気工事オタクで、玄関の鍵、家電、照明、時計アラーム、カメラ付きセンサーその他いろいろな設備をIT化するのにハマっており、入院中に普段は同居していない親族や家族に家に入ってモノを取ってきてもらったり、在宅医療から緩和ケアまでの付き添いの際にも、父宅の出入りや使い勝手に関係者全員が四苦八苦しました……色々なロックを解除したり設定をOFFにする方法も父のスマホがなければできず、数々のパスワードも本人はもう抗癌剤や疼痛治療の影響で意識不明瞭な時が多く、聞き出すのも不可能に……電力が逼迫する冬場だったので「もしいま停電になって、父宅の家中に張り巡らされた電気機器の設定がトんだらどうしよう…絶叫した顔」と父の壮絶な痛みとの闘いにも付き添いつつ、そんな心配もせざるを得ませんでした…


 東京⇄東北某県の遠距離通い単身介護だったので、父の治療が末期に入ってからは実家(父宅)を生活の拠点にさせてもらってましたが、実家とはいえ高校卒業と同時に10年以上前に離れた家、父の嗜好に合わせて大改造された家では勝手が分からず、日々の生活もムダに大変でした……時間的な猶予があれば、徐々にマニュアル式に戻せたのかもしれませんが、父の場合は病気の進行が早く抗がん剤の副作用もあり、治療をしながらの終活は、本人もがんばっていたようでしたが、全く思うように進まなかったようです…


門扉、玄関ポーチ、居間の照明も明暗を感知するセンサーと人感センサーで自動点灯する設定になっていたものの父以外の誰もセンサーの操作方法が分からず、かといってまだライフラインは解約できず、ブレーカーを落とすわけにもいかず放置していたら、父の死後「空き家になったお宅に夜になると灯りが点いている」とご近所の方々からお電話で知らせて頂いたり、そうした対応も細々と面倒でした……それを耳にした認知症の祖母が「◯◯君の魂が成仏できず家に帰ってきている!」と騒いで、その話が親戚に噂が広がりひと騒動あったりとか……いやはや……

 俗に「ゴミ屋敷」と称されるような暮らしの荒れ方をする事例が世間に認知されるようになったのは、いつ頃からだったろう。たいていは「デンパ」と呼ばれるような精神の病み方、メンタルの崩れ具合を発症している住人とセットで可視化されるものみたいだが、その内面の荒み具合がそのまま反映されているかのような様相として、古文なら「すさまじ」と評されるようなものになっているのがお約束。

 けれども、乱雑で手がつけられないような状態ではなく、そこに天井に届くまでも存在している「ゴミ」(と一括されるようになっている)モノたちが何らかのものさしや基準で「分類」され「整理」されているならば、それはそれでまだなにがしかの世間、この世のふだんの暮らしとつながるたたずまいになるのではないか。

 巷間普通に「紙屑屋」、上方落語では「天下一浮かれの屑選り」という愉しくもなつかしい響きの題名も古くは添えられていた落語のひとつ。勘当された遊び人の若旦那が転がり込んだ居候先の紹介で仕事を始める、というのは他にも「湯屋番」などで知られる古典落語の定型だが、これは紙屑を選り分ける仕事に就くことになる描写が実に味わい深い。


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 どう聴いても「近代」の環境を前提にした「おはなし」だよなぁ、とかねがね思うとる一編。紙屑の分類・整理の仕切り場にまわりから音が聞こえてきて、という設定。発掘するモノに託してさまざまに妄想が広がる、それだけの「教養」wだか何だかを持ってる勘当者の若旦那であるという「文化資本」wwをテコに、いくらでもひとり楽しめてしまうというあたり、まさに「おたく」の原風景かと。

*1:他人事ではなかったし、この先明らかに自分自身のことになってくること必定の案件としても。