熟練とイノベーション・メモ

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 浅ければ根が水に届かず、枯れる。深ければ苗が水中に落ちてしまい、流れていってしまう。絶妙な深さできれいに植えなければいけないので、慣れていない人間にはとても任せられない作業。それを簡単に考えるなんて。農業をなめないでほしい、と思ったという。


 後日、障害者学校の先生たちが「試させてほしい」と言って再訪。下敷きを持って。その下敷きを、一列の苗に押し当てると、いっせいに苗がきれいにすっぽり収まった。農家の方は驚いた。下敷きを使えば、熟練者が細心の注意を払って植えるよりもきれいに植えられるなんて!


 熟練者は、下手に手が器用なものだから、道具や方法を工夫するということがない。自分の技術でなんとかこなしてしまう。しかし障害者はどうしても不器用だから、道具などを工夫して、自分でもできるようにしようとする。不器用だからこそ、障害があるからこそ工夫が生まれる。しかも健常者にも便利。


 それ以来、その農家は毎年1人ずつ、障害者を雇用し、その人でも仕事ができるようにするにはどんな工夫をすればよいのだろう?と考えるようになった。そうした工夫は、健常者の作業性も大幅にアップさせた。


 実は、折れ曲がりストローもそうして生まれた商品のひとつ。寝たきりの人に飲み物を与えるのに、まっすぐなストローは不便極まりなかった。そこでどうしたらいいかと考え、できたのが折れ曲がりストロー。「できない」という課題があればこそ、工夫は生まれる。


 創造は、イノベーションは、「できない」を発見することから始まる。そしてその「できない」を工夫によって「できる」に変えることが創造であり、イノベーションとなる。ビバ!「できない」!できないことは創造の胚珠!


 いきなり新しいことを考えろ、と言われても、私たちは戸惑うばかり。しかし、「できない」をまず発見し、それを工夫によって「できる」に変えることを考える、という「方法」として言語化すれば、私たちは、さほど知識や技能がなくても、そこそこ新しいアイディアを生み出すことができます。

*1:「現場」信仰のもの言いが相対化もされず、だから批判も批評も宿らない不自由を乗り越えるために、たとえばこういう方向からの説明や言語化が有効な局面は確かにある、そういう意味での備忘として。