広告代理店の終焉・メモ

五輪やパラリンピックでの競技以外の文化事業でCOOL JAPANを活かしきれていないのは、これまでの広告業界での時代認識が価値観や行動様式が多様化したSNS社会も含む現代大衆社会を広範なおかつ正確に把握しきれていない事も原因ではないかと私は思う。

八谷和彦 @hachiya
今話題になってますが、話題の方、出演者一覧には載ってなくてワークショップゲストみたいですね。JOCはこの手の文化関連イベントには実質ノータッチなので、この件をJOCの責にするのは違うかもです。
(ただ話題の人がオリパラにふさわしいかどうかとかはさておき…)
nippon-fes-one.tokyo2020.org/performer/

広告媒体を経由しないSNSなどを含むネット社会では、消費者は自分の価値観でコンテンツを能動的に選ぶ。それゆえにコンテンツの多様性が生まれた。だから、前回の五輪(60年代)や大阪万博(70年代)の時の様な《時代》を背負った人物や、《国民的》ヒット曲や《国民的》文芸作品も生まれにくい。


私は、昔と違って《時代》を背負った人物や《国民的》ヒット曲や《国民的》文芸作品が生まれにくい現在の状況の方が色々な価値観を持った人達が生きやすい世の中であると歓迎する。いま、広告業界こそ変化を求められているのだ。


五輪に話を戻すと、最初にエンブレムの選考で躓いたのも、クリエイティヴ業界内での《富》と《既得権》の「山分け」のような人脈の持ち回りが招いた事だと私は認識している。

オリンピック関連の人選ミスは、おそらく運営側が古典的なエコーチェンバー内で意思決定しているからだろう。「今度のやつ。誰かいない?」「あ、彼なんかどう」「おおいいね、知り合いいるから話してみるわ」というような感じで。六本木とか代官山のバーとか、会員制のジムかどこかで