
中高校生の頃、田舎町の幹線道路沿いのチェーンの飲食店に行って家族で食事をするのが嫌いだった。親が厳しくて嫌い、友だちとも話が合わなくて嫌い、先輩も怖い人ばかりで嫌い。「どうせ俺は都会に行くし」って気持ちだけを頼りに勉強は頑張って都会に出た。当時は勉強バカだったので、自力だと
— f1at (@f1at) 2025年8月25日
中高校生の頃、田舎町の幹線道路沿いのチェーンの飲食店に行って家族で食事をするのが嫌いだった。親が厳しくて嫌い、友だちとも話が合わなくて嫌い、先輩も怖い人ばかりで嫌い。「どうせ俺は都会に行くし」って気持ちだけを頼りに勉強は頑張って都会に出た。
当時は勉強バカだったので、自力だと思い込んでいたし、田舎から子供を都会に出すコストについても何も考えなかった。馬鹿でしょ。都会に出て良かったのは、話の合う人は見つかるし、意味もなく殴ってくる先輩もいない。暴力的に頭の良い人がいて、思考的にボコボコにされはした。でも、それの方が合っている。
その住みたかった都会で人の親になった。田舎と違って、考えることが多い。金もかかる。田舎じゃないのに田舎みたいに勝手に比べてくるご丁寧な他人もいる。鬱陶しい。子育てってそんなことだったのかよ、勝手にしやがれだ。
そんな自分も帰巣本能なのか、幹線道路沿いのチェーン店に家族で行くことがある。好きな都会の家賃の味のする気取った店なんかじゃない。でも、ホッとする。「今日、俺が(私が)運転するから飲んで良いよ」なんて言って。本当に平和だ。子供がジュースをこぼしてあたふたするのも良い。気が本当に抜ける。
立場が変わると、嫌いだったことも好きになる。すると、当時の親の苦労も見えてくる。自分を都会に送り出してくれたことの凄さや、子離れする大変さなども感じる。もしかしたら、これが遅れてきた僕の親離れなのかもしれないし、次の子離れのターンまでの時間を大切にしなきゃと思った。それがチェーン店であっても。
「おかげ」という考え方があった。少し前までの、本邦同胞においてはあたりまえに。「おかげさまで」といった言い方を普通にしていた、あれだ。
これまでも何か日本文化論とか日本人論の類で、とりあげられてダシにされてあれこれ語られることも、まあ、ないではなかったもの言いのひとつ。もともとは仏教用語だとか、いや、もっと歴史的な背景が、とか説明や意味づけはそれなりにあるけれども、そんなことはひとまずどうでもいい。
ここでたまたま洩らされているような、「人の親になってはじめてわかること」といった、それ自体としてはありがちな人生訓というか、ひとつ間違えればどうしようもなく通俗凡庸な「いいハナシ」のヴァリエーションとしてだけ受け取られるような素朴な感懐にしても、背後になにげに横たわっているのはおそらくあの「おかげ」という何ものか、なのだろうな、と感じる。
何か具体的な存在があって、その「おかげ」で、というわけでは必ずしもない。
いや、「おかげさまで」に代表されるように、「おかげ」というのは、何によって、とか、誰かに何かしてもらったことで、といったこの現世でのわかりやすい力のベクトルを伴ってのことでも、本当はなくて、もちろん実際には具体的に顔も姿も伴った固有名詞のある個人の働きによって何らか扶けてもらったり何だりということはあるのだけれども、でも、この「おかげさまで」というもの言いが出てくる際には、それらのことだけではなく、その向こう側に漠然と「ある」らしいよくわからないご加護、守ってもらえているような何ものか、それを大きく言い表すことで、自分もそしてその具体的に何か扶けてもらった相手も、それらもひっくるめてのこの世の関係やしがらみ全てにおいて、まるっとうまく包摂してもらえる形象に合焦している、めんどくさく言語化しようとするなら、ひとまずそんな感じ。
「親」も「子」も、つまり「逃げられない関係」の最もわかりやすい具体例であった「血縁」であっても、それは同時にどこか茫洋とし、漠然としたさらにとりとめない何ものか、に包摂されているという感覚。「逃げられない関係」だから、それは「地縁」と共に、人がこの世に生まれて死ぬまでの間、どんな形であれこの世にある限りは誰であれ関わってこざるを得ない「しがらみ」であってきたことは間違いないし、それは生身のこの「自分」に絶えずさまざまな方向からの不自由や抑圧を与えてくるものなのだけれども、でもだからとって、それらあれこれ、生きてある人としての「しがらみ」もまた、何か大きな書き割りの中でのある摂理として、この「自分」の側からはもちろんのこと、誰であれそれをどうこうしようとしたところでとてもどうなるものでもない自律の駘蕩、天然自然と同じような「そういうもの」としてあるらしい。
人間世間のありようも、どこか山や海、川や草木や林や森、めぐる季節のうつろい具合の「そういうもの」の権化である自然との間で分節されない、共に大きな書き割りとしてある、という感覚。と言って、神だの何だのといった、人知を超えた「超越」属性のあらわれでもない。なんだろう、つまりはほんとに「そういうもの」としか伝えようのない何ものか。かつての同胞ならそれこそ天壌無窮とでも表現したような、その「おかげ」で、〈いま・ここ〉に「ある」と、いずれあわただしい日々の営みの中でかろうじて安堵できたような。
……てな具合の、柄にもない大文字の能書きをうっかり垂れ流しかかったあげく、これはまたいきなり唐突かもしれないが、いま「親と子」という関係をそれなりに〈リアル〉に知ろうとする際、少子高齢化著しいいまどきの本邦世間一般その他おおぜいの感覚の習い性として、どうも「祖父母と孫」の関係と見分けがつかない、あるいはつけられないような重なりあいが起こっているような印象も昨今あったりする。それは「血縁」をイメージしようとする際の雛型が、良くも悪くももう実際の日常の生活感覚に根ざしたところに見いだしにくくなっている分、世代を圧縮したところで「親しさ」「愛おしさ」の手ざわりを探るしかなくなっている、そのあらわれかもしれず……とまあ、このへんは例によってお題箱にまぎれこませて、またあれこれ発酵を待つことにする。