メカンチの天ぷら屋

① 雨の夕方、学校帰りに天ぷらを五人前買って帰るよう母親に言われてた。関西医大牧野病院の前に天ぷら屋がありイカ天、イモ天、アジの揚げたのを売っていた。五百円札を出した。天ぷら屋の爺さんは強度の近眼。釣り銭に注意するより新聞紙にくるんだ天ぷらの方が気になり確かめもせず歩き出した。


② しかし、ポケットの膨らみが違うのだ。貧乏人の子だからそういうのはすぐに分かる。で、確かめてみた。七百三十円あった。

「千円札と間違えよった」

返すのは明日にしようかと思った。が、雨の中、元来た道を戻った。

「おっちゃん、おかしいで」

と店にいる近眼爺さんに声をかけた。


③ 爺さんには釣り銭にいちゃもんをつけに戻って来た高校生に見えたのだ。

「なんか文句あんのんか」

と声がとげとげしい。何をと唇をとがらせそうになる。

「うん。ちょっと多いねん。千円札と間違えたやろ。僕が出したんは五百円札や」

「あっ……」と絶叫に近い声が飛び出した。五百円札を返した。


「おい、またんかい。売り物やないけどな家族用にタラの芽揚げたんや。もって帰れや」

と新聞紙にもう一つくるんでくれた。タラの芽というのを当時の私は知らなかった。くれるもんはありがたく頂戴して帰った。

「信浩。これどないしてん。タラの芽やないか」

と母親になじるように詰問された。


⑤ ちょろまかしてきたと母は思ったのでしょうか。
お前、自分の産んだ子を信じろよと言いたかった。

「天ぷら屋のメカンチがくれよった」(差別用語です。当時平気で使ってました)


「ほんまかいな」

 家族でいただいたのですが美味かった。珍しいと父も母も言った。翌日、母親が礼に寄ると、


 「雨の中、五百円札や。タラの芽なんかナンボのもんや、てメカンチ泣いとったわ、意味わからへん」

よく分かるじゃないか、母ちゃん。

三十年後にその店の前を通ったが跡形もなかった。今、もうタラの芽の季節ではないよね。食べたいなあ。

148円の万引き事件で思い出したのでアップしました。