思想
書棚の本の並び方にも、その時その時の違いがあって、それは自分自身でも普段は意識していないのだけれども、でも意識的に何か整理しようとして変えた際だけではなく、何かひとつの仕事に関わっていたり作業をしている中で自然に入れ替えているうちに、少し…
「思想史おたく」と、かつて浅羽通明に言われて30年あまり。思い起こせば、その時ちょっと鼻白んだ記憶は確かにある。「思想史」と「おたく」という組み合わせが、その頃はまだうまくこちらの身に響いてこなかったのだ。 とは言え、大学の学部時代、教養課程の…
人文社会系の信頼回復のためには、まず、日本語を母語とする情報環境での日本の近現代、明治維新前後から現在に至るまでの歴史や文化、経済や政治、民俗レベル含めた生活史などについての語られ方そのものがさまざまな偏りの上にあることを淡々と自覚し認識…
風俗で働いて気づいたのは、多くの男性が内面の脆さや満たされなさを抱えていること。そして、自分ひとりで自己受容に至るのが難しい人が多いということだった。…— あきやまなるみ (@_silent_garden) 2025年9月28日 風俗で働いて気づいたのは、多くの男性が…
もう現状がこうなってしまっている以上、当面致し方ないとは思うが、それでもああいう界隈のものの見方考え方を「左翼」とだけ表現するのは、個人的にはやっぱり留保しておきたいところはある。 それにはあれこれ理由もあるわけだけれども…… たとえば、少なく…
「網羅する/しなければならぬ」という了見が気に入らない。*1 前々からではある。 ……いや、ここはできるだけ正確に言おうと努めた方がいいのだろうな。 そう思ってしまう理由がおのれの裡にあるのでなく、他人事である外側にあること。そう思わされているに…
JICA大炎上になっていることをめぐって、ゆるく雑感。 JICAならJICAで、中で仕事している人がたの中には、猖獗極めているゆるふわキラキラwoke大正義な「空気」や「ノリ」に違和感抱いてる向きもいるのだろうと思う。 でも、それは、JICA本来の、そして今も大き…
「人材」というもの言い、いつ頃から普通に使い回される語彙になってきたのかよくわからないけれども、人や才能に対して「育てる」「養成する」といった過程の認識がどんどん剥離していって、ただ出来合いの、いつでもそこにある便利な完成品としてだけとらえるよ…
無敵論理とは。敵対言説に「差別者」のレッテルを貼る→そのレッテルを根拠に「差別者は歴史修正主義者と同じだから議論の必要はない」などとノーディベート、ノープラットフォームを宣言する→どんな批判が来ようが「差別者」と呼べば議論をキャンセルできる→…
・映画『ソーシャルネットワーク』を見た70代の老人が「この映画に出てくるのは人間と人間の関係ではない、“組織の中の役割”で決まっていく関係だ、非常にindustrialized(工業化、産業化)された関係のように見える」と感想を書いていて、見た時は新鮮に感…
参政党への雑感の要約① 左派と右派をまとめて支持層にしたのが画期的② 左派の支持者: 疑似科学の信奉者 (スピリチュアル・反ワク・オーガニック・代替医療etc)③ 右派の支持者: 外国人の排斥支持者④ 政策の問題: 厚生行政への疑似科学の介入⑤ 選挙の問題: 過…
note.comRT年配の人の話を聞くと高度経済成長時代も実写の時代考証が怪しくなってるらしい(朝ドラとか)あと20~30年たてばバブル期や00年頃以前の実写の時代考証も怪しくなると思う。— ユルドゥルム (@yildirimbey7931) 2025年6月20日 年配の人の話を聞く…
日本では「個人」が確立されてない、「自由」が認められていない、的なもの言い、確かに少し前までは「そういうもの」として「正しい」属性あらわすわかりやすいもの言いだったけれども、でもそれももう効きが悪くなっとるのがようやく世間一般にもうすうすバレて…
いわゆる氷河期世代、自分が最初に大学に就職して、非常勤も含めてその頃教えていた学生若い衆らが概ね該当することになるが、当時の就職難についてその頃から怨嗟の声があがっていたことは、はっきり覚えてはいる。 ただ、同時にまた、その怨嗟の調子、「貧…
バブル崩壊による超絶不景気と、氷河期世代の有り余る労働力が悪魔合体した平成デフレ社会があまりに長すぎたんだよな。企業が便利すぎたロスジェネバイトリーダーに甘えまくった結果、まともな給料を払うと潰れるゾンビ企業が増殖した。社長一族と愛人秘書…
そりゃ日本画では、当時要求されていたような戦争画は、描こうと思っても描けんかった、あるいは少なくとも描きにくかったんやろなぁ……と。 日本画と洋画のそういう「乖離」は、良くも悪くも、旧来の定型詩(つまり和歌や俳句の類)と口語自由詩の間、あるいは散…
いつの時代、どんな社会でも、ニンゲンである以上、程度の差はあれど「そういうもの」の中で生きて暮らしてゆかねばならんのよね。 で、それはその時リアルタイムではなかなか意識できず、見えないもの、だったりもするのよね。 その「そういうもの」が往々…
「専門家」「頭のいい人」「情報をたくさん持っている人」がたは、「正しい認識」を持てるかもしれない。それゆえに「専門家」としての値打ちもあるのだし、またそれゆえに世間からの尊敬や尊重も受けてきた。ただ、その「正しい認識」を世間一般その他おおぜいのボン…
この「だからおもしろい」という見世物の無責任な観客気分が雑誌媒体その他の伸張と共にうっかり爆発拡大してしまったことで、あの「私小説」大誤解の経緯もその後定説化してしもたような方向に固定されてしもたところ、あったんですわなぁ。 だから、そういう…
「戦前」が「意外と豊か」という歴史認識、昭和初期モダニズム全盛時の都市部の世相風俗に特化して合焦するような習い性がここ四半世紀ほどで一般化したこと、それによって従来の「戦前/戦後」分断史観を相対化する「驚き」ともあいまってのことかと。 都市部の…
本は背表紙が命なんだな、ということを近年、あらためて思い知り続けている。 もう少していねいに言うと、背表紙とその並び、配列のしかた/されかたが大事、ということではあるのだが。 まあ、これもある程度以上、おのれがこの世に生きてある間にはとても…
ふと思ったが。和製サブカルとオタクの本質的な違いは、目的がモテたいなのか、自分の好きに耽溺したいか、なんだろうなぁ。自分が異性の目を気にしてる・性的な目で異性を見ているから、オタクもアニメや漫画の二次元の創作物も性的な目で見ていると思い込…
分野は何であれ「学問」を志したおんなさんがたにずっと感じていた違和感があって、それは人文社会系限定かもしれないのだが、つまり「論文」的な文体やその約束ごとなど、言葉や文字表現についての「そういうもの」にどうしようもない反感や疎外感みたいなもの…
活字で表されてるものはだいたい校閲を通ってるわけだけど、だいたいの人の話し言葉なんて文字に起こしたら朱字だらけなのよな。 https://t.co/Q2VBu6FDFF— タヌキマリオ (@tanukimario) 2024年11月6日 活字で表されてるものはだいたい校閲を通ってるわけだ…
本は読むためにある。だから、読んでしまった本は手放す。売れるものなら売る、求める人がいれば手渡す、そういう人がいる。 同じ本を気にいれば何度も、時を経て後もなお、たまたまめくることになった程度でも、繰り返し読む癖の抜けない自分には、やはり縁…
小野十三郎の「抒情」についての認識、その他からとりとめなく極私的備忘。 彼の詩論の核にあるらしいのは、詩とは「抒情」である、ということがひとつ。で、その「抒情」というのは、言葉による表現としての詩の形式――韻文であったり朗唱であったりするような、…
「本当に頭のいい人は難しいことも簡単に説明できる」って主張、今から20年くらい前のインターネットで人気だったけど、最近では否定されるようになった。じゃあ、なぜ当時の主張が人気だったかというと、(たぶん)簡単なことでも難解に論じるポストモダン…
「本当に頭のいい人は難しいことも簡単に説明できる」って主張、今から20年くらい前のインターネットで人気だったけど、最近では否定されるようになった。じゃあ、なぜ当時の主張が人気だったかというと、(たぶん)簡単なことでも難解に論じるポストモダン…
かつての「一億総中流」というのが、実体を伴わないイメージだけのいわば「共同幻想」wに等しいものだった、というのは、すでにそれなりに学術的な検証もいろいろ施されていて、まあ、それなりの常識にはなっているし、それを下敷きにした同工異曲な本も山ほど…
自分が代表務めている組織の、そもそも何が、どういうところが社会から問題視されておおごとになってしもとるのか、ということは、やっぱりものの見事に抜け落ちたまんま、なんですなぁ、この御仁。 https://t.co/GgJ8Kl8Q7y— king-biscuit (@kingbiscuitSIU…