思想

1970年の「貧しさ」について

1970年を「まだ飢えと欠乏への恐怖が社会に幅広く共有されていた頃」というのは、ちょっとどうかな、と……「まだ飢えと欠乏の記憶が社会の多くの大人の間にあった頃」くらいかなぁ……(*゚ー゚) https://t.co/fBy2BTWYqr— king-biscuit (@kingbiscuitSIU) 2022年2…

個別具体と一般の間、のいまどき

しらんがな(´・ω・`) https://t.co/Bk6pLzlGsr— king-biscuit (@kingbiscuitSIU) 2021年12月4日 無能記者 @MpbVbk 一般の人から見ると朝日新聞の記者はみんな左翼で産経新聞の記者はみんな右翼みたいに思われがちだけど、特定のイデオロギーを持ってる記者って…

2010年代ツイフェミの記憶・メモ

なぜ2010年代のツイフェミを語ったかというとTwitter上の知り合いが傾倒して後に壊れて消えたから。あの頃もイラスト表現などに抗議していたけど本質は別だった。出口のない怒りに燃えて自分自身がいやになって辞めた印象。kutoo以後に目立ち始めて人たちと…

現実認識の解像度の違いと情報環境・雑感

夢で議論をしていたこと。 これまでの自分たちが習ってきたような社会科学なり人文学なりの「モデル」での、社会や文化といった図式は、言わば解像度が当時の情報環境なりのモデルで、だからある意味すっきり図式化されていて、シンプルにわかりやすいものだ…

上野昂志の「うた」の位相・雑感

*1 肉体の時代―体験的’60年代文化論作者:上野 昂志現代書館Amazon 上野昂志という名前ももう忘れられかかっているのだろう。だが、いわゆる大衆文化についてこれまで人文的な批評をものしていた一群の人たちの中でも、いま改めて読み直してみて、まだ何か引…

メディアと「記録」への情熱

かつてテレビ番組を「記録」したい、と熱望したガキどものその情熱は、音にはカセットレコーダー、映像には銀塩カメラしか機材のない時代とは言え、そもそもなぜあそこまで「記録」したいと熱くなった/なれたのか、ということも含めて、すでに「歴史」の相…

「論壇」は復活しない

こういうと悪いけど、どういうコマを揃えようと「論壇」は恐らく復活しない。今の人は「論客」の意見をありがたがって聞くというより、自分でネットで(拙い意見でも)発信し、その中で人と(拙くとも)議論する、というほうに楽しみを見出す。実際、論壇誌…

小林よしのりの功罪

かつて小林よしのりに魅せられた若い衆が、その後そのままで未だに「信者」のままになっているような率は、巷間言われたり考えられたりしているらしいほどには、実際にはそう高くないと思う。で、それはそれでそういう時期に邂逅すべき読みものとして役割を果…

ポスモ・ニューアカのカウンターとしての90年代文化・メモ

90年代の文化は、80年代の「ネガ」として自分たちを位置づけていた(その「ネガ」がようやく日の目を見た)という「露悪」に彩られていたと思います。80年代の軽薄さの裏返しとしての湾岸戦争の「反戦」表明、ニューアカの裏返しとしてのオウムの糾弾ないし…

消費と消費者の「自由」な「個人」化の過程・メモ

*1 自分で自由にカネを使えること、日々喰って生き延びるためでない「楽しみ」のために使うこと――「消費」とひとくくりにされてきた内実に、それまでとは違う領域が明らかにあることが意識されるようになっていった経緯。 その結果、ある意味「消費」は「自由」の…

批評空間の罪業

死屍に鞭打つ気で1990年代雑誌を批判するなら、少年期の旧悪を武勇伝化して喋った《クイックジャパン》も罪深いけど、21世紀のいまその人がいじめ武勇伝カマしてるわけではない。21世紀にセクハラ実行した文藝批評家のホームグラウンドだった《批評空間》の…

QJ と小山田佳吾問題・メモ

小山田圭吾がいじめ告白をした90年代前半の「クイック・ジャパン」で私も仕事をしていた。小山田インタビューを担当した編集者も知っている。あの当時もそれなりに衝撃的な記事だったが、炎上することはなかった。ネットが未発達だったこともある。 — 竹熊健…

「サブカル」の美学?・メモ

サブカルチャーに裏通りの美学なんて最初からなかった思う。少なくとも80年代には既になかったし、その上で85年に同じように、今のサブカルはそうしたものがなくなった、サブカルは死んだ」って別役実が言ってる。つまり「今時の若いもんは」と同じなんです…

90年代サブカルの記憶・メモ

クイックジャパンなぁ自分が大学にた90年台後半の美大にはそりゃQJ大好きマン大勢いたし、そういったサブカル勢がドドドって当時の電通目指して頑張っていたしで、そういう世代がアラフィフになって企画制作現場で主導権を握れるようになった結果が今回の東…

オーラルヒストリーの傲慢・メモ

だからと言って後世の人間が好き勝手に評していいものでもない、のだが pic.twitter.com/qOlaDrrO9m — 生贄夫人 (@spa_inquisition) 2021年7月10日 オーラル・ヒストリーがその時代の総体を表すわきゃねぇというのは自明だと思ってたからこその、後世の人間…

アプデできない「リベラル」

落花生BOY【「漂白」中】 on Twitter: "しかし91年生まれなんて、74年生まれの僕から見れば相当若いはずなのに、僕がいた当時のリベサヨ仕草から一歩も「アップデート」できてないばかりか、純度はむしろ高まってるような…あずまんが、ようやく「我々」のス…

ウルトラマンを語る文化人なんかいなかった

*1ウルトラマンの「正義」とは何か作者:花岡 敬太郎青弓社Amazon書店で『ウルトラマンの「正義」とは何か』をさらっと立ち読みしてみた。立ち読み程度で感想を書いたりするのは気が引けるが…感想以外にもちょっと思い出した事なんかもあるのでその辺も含めて…

80年代のスカの現在

例えば、80年代のシラケ世代とか言われ、大量消費社会の申し子みたいな今はカジュアル左翼やビジネスリベラルな人達、自分たちが若かった頃には政治ダサいとかいって忌避してたせいか、多分基本的に若い人達より物を知らないし、若い人達が逆側にいるから余…

〈おんな・こども〉の領分の伸長の「戦後」史・メモ

〈おんな・こども〉の前景化、主体化というのが、制度のたてつけなどと共に、あるいはそれ以上に先廻りして人々の意識の側からなしくずしに行われていったのが「戦後」の生活環境におけるある本質的な変化だったとおも。 概ね昭和20年代から30年代いっぱい、4…

シャカイガクと「いじめ」の構造・メモ

社会学が突出して症状化しているから袋叩きにあってるけれども、これはある部分、かつての文学なり社会評論なりの〈いま・ここ〉を言語化する文法・話法が、その背後にあったインテリ文化人的自意識ごと、いまどき情報環境では全方位からの批判にさらされる…

「運動」の手法の終焉・メモ①

実際オレは、これだけカツドウカが嫌われている世の中では、声を上げることの重要性は変わっていなくても、その目的達成のための騒ぎを起こすことって社会の反感しか買わないと思っている。その辺、イシゲさんがスレッド前半で語っていることの延長上にある…

「運動」の手法の終焉・メモ②

なんで社会運動がこんなに嫌われるようになったのか、やっぱり左翼はキチンと総括して考えて現実的な闘争手段に転換すべきじゃないのかな。— 黒猫亭ワクチン接種完了 (@chronekotei) 2021年4月12日 すごく具体的に表現すると「理不尽な暴力的手段でカツドウ…

人文系の査読は世間のリテラシー・雑感

かつて「アカデミズムとジャーナリズム」の対比で語られていたその「ジャーナリズム」の側の〈知〉のありようは、少なくとも日本語を母語とする本邦情報環境における人文社会系においては、いわゆる学術研究的な微視的精緻とはまた別に、やや俯瞰的な視野を…

ある歴史修正の手口・雑感

あずまん典型的だと思うが、自分たち以前はナチュラルに都合良く取捨選択して「なかったことにする」手口が身についとる輩、割とおるでな。それがあたりまえになる歴史修正の手口。「信者」という共犯者含めて。 何度か触れた、以前うちの若い衆学生がラノベ…

「マル経」のその後

50年代主流の所謂「マル経」は、資本主義は行き詰まって明日にでも革命を起こせるって本気で思っていてさ、それからの60年〜70年代の高度経済成長と科学の進歩ってのが「説明出来ない」事態に陥っていたのよな。そこから延々「現実を無視する」のが左の方々…

人文系の危機・メモ

人文系の「知の蓄積」ってアドバンテージは、1)蔵書量・読書量(文献通読量)2)(1)を検索する能力(見出しとキーワードを覚えておく記憶力)3)(1)(2)を駆使した横断的分析力とかなのかなって思うんだけど、そのアドバンテージはアナログでなければ価値が維持…

社会学と「セカイ系」・雑感

社会学が突出して症状化しているから袋叩きにあってるけれども、これはある部分、かつての文学なり社会評論なりの〈いま・ここ〉を言語化する文法・話法が、その背後にあったインテリ文化人的自意識ごと、いまどき情報環境では全方位からの批判にさらされる…

続・宅八郎について・メモ

オタクの元祖?オタクを搾取した人?宅八郎さんはどういう存在だったのか togetter.com まんま同じことをリプでもらったんだけど、宅八郎のアレは「サブカル界隈から見たおたく族のキャラ」だよ中森明夫が「おたく」と名じた人達もそうサブカル界隈とおたく…

「読む」の調律のために・雑感

「読む」の調整、自己調律のための一冊。何度読み直しても、そのたび新たな「発見」がある。 pic.twitter.com/7LJxx6HyGS— king-biscuit (@kingbiscuitSIU) 2020年11月14日 「政治」と「思想」の間の絶望的とも言える距離。サークル村界隈から水俣病訴訟の周辺な…

ネトウヨ的なるもの、の通俗化

たとえば幸福の科学やれいわ太郎界隈、N国あたりまで漠然と「ネトウヨ的表象」を取り込んで「政治」にコミットしてきているわけで、近年は。— king-biscuit (@kingbiscuitSIU) 2020年11月14日 たとえば幸福の科学やれいわ太郎界隈、N国あたりまで漠然と「ネトウ…