続・「向都離村」のいまどき、から・メモ

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私はいわゆるヤンキーコミュニティ出身なんですが、この界隈は後先をあまり考えず、避妊もせずに行為に及ぶので、まず子どもが出来る。そして子どもが出来た瞬間から、生き方がガラッと変わり、必死で金を稼ぐようになる。


一方で、世間の多くは「まず経済力をつけて安定してから家庭を持つ」。


ここが逆なんです。順序そのものが違う。


学歴がない人が多いので、進路はだいたい二つ。
自分で起業するか、地元の友人の会社に雇ってもらう。
多くはブルーカラーの職種で、身内同士で仕事を回しやすく、新しい繋がりを一から作る必要がない。昔から続くコミュニティの中で仕事も生活も完結する。


長年の友人関係には確かな信頼があって、助け合いも早い。
家族ぐるみの付き合いが多いので、経済的にも相互扶助が自然に機能している。
学歴がない分、人類がずっとやってきた“村の文化”を、現代で地続きにやっているようなもの。


いわゆる「残クレファミリー」と言われる人たちがどこか幸せそうなのは、こうした仕組みが根っこにあるからだと思う。


実際、うちの旦那も地元の友人らと立ち上げた会社で働いているので、仕事もプライベートも融通が利きやすい。

反響が多かったので少し補足。


彼らにとって「仕事」は、いわば部活に近い。
仲間と協力し、同じ目標に向かって進む“チーム戦”であって、
仕事そのものはその手段にすぎない。


もちろん、社会に迷惑をかける場面が多いのも事実。
けれど、彼らが見ている“社会”は日本全体ではなく、自分たちが生きている地元コミュニティそのもの。だから日本社会に対する遵法意識が低く見えるのも、構造的な話だと思う。


感覚としては、彼らは自分たちの「国」を持っているようなもの。その小さな世界の中だけで完結し、そこで生き抜いている。


彼らは別に大げさなことをしてるわけじゃない。
便利になりすぎた現代で多くの人が手放した“面倒な人間関係”を、昔のまま続けているだけ。


テクノロジーと都市化で、1人でもそれなりに生きられる時代になった。
そのぶん、人間関係はどんどん薄くなった。


ヤンキー社会はその逆で、“濃さ”がまだ残っている。
実はこの構造、一般生活にも応用できる部分が多い。


どのポイントを取り入れれば日常がラクになるのか。
そのあたりをnoteに詳しく書きました。

皆ポジティブに捉えすぎ、東横やグリコ界隈や、地方の夜の街ではこのヤンキー親の犠牲者いっぱいいるやろ、親が離婚して片親母親になって父性がなく引きこもりやチー牛かしてる人も多いと思うで、後学校で上手くいかない部活も勉強できないヤンキーは衝動性も強く発達障害愛着障害多くてでき婚

そういう子達はどの界隈でも一定数いると思いますね!もしヤンキーの子供がほとんどそうなるなら日本はヤンキーより東横キッズ達の人口が多いはずですからね!

全員が東横には集まらないよ、地方だとホストやキャバクラ、ホステス、不登校、引きこもり、施設、後は精神病、境界知能、発達障害ですかね。後はチンピラ、ヤクザ、半グレ、グレーな商売など、ヤンキーの子の方が普通の家庭より多いと思いますよ。あやさんのところはまだ民度が高かったのかも


そして連鎖していく、何故ならヤンキーになる子の家庭環境が悪いから、本来ならadhdでもないのに、愛着障害になってadhdと同じようになったり、複雑性ptsdになるのもいる、刑務所や少年院にもいるでしょうね、ケーキの切れない子供達みたいなのも、愛着障害で壊れてる人はいると思う

個人的には逆に思うけどな。


残クレアルファードの方が、学歴コンプレックスを抱えないから、普通に子育てすると思う。
東横に集まってきてる子達だって、県外からの子どもが多いのが実態ですよ。
あと、地方だと、ホステスとかキャバとか言ってるけど、そもそも、そういう働き口自体が少ないし。

スナックやバーも含めた水商売ですね、女の子は多いですよ、後、男でもイケメンならバーで働いてる子もいるし、残クレと肉体労働したことあるが、普通に高学歴コンプレックスだぞ、ただ体動かしてるから鬱々とはしてないけどな、してる奴もいるけど

腹立つけど結局そうなんですよね(T . T)


だけど家族の為にスジも通さず無茶な事をしたら、問答無用でクビならまだ良いが。


場合によっては半◯しか陰湿な嫌がらせを永遠にやり続けかねないですし、元組織関係者外には冷遇や単にパシリとしか思ってない場合も有りますから一長一短(T . T)

ちなみにヤンキーと言っても反社とはまた別の界隈ですね。
もちろん繋がりはありますがこの歳になると反社とは一線を置いてますね。
大人になればなるほどどっちつかずでは生きていけないのがこの界隈です。

 かつて高度成長期あたりでも、あるいはそれよりまだはるか以前、それこそ明治期の「向都離村」熱が社会現象として、同時代の世相として認識されるようになっていた頃でも、「田舎」「地方」「ムラ」に紐つけられていた「そういう人々」というひとくくりの「他者」形象というのは、まあ、連綿としてあったとは思う。その「そういう人々」を「そういう」存在、自分(たち)とは「違う」「異物」として見てしまうようになっていた「こちら側」の主語を担っている人々の意識のありようと共に。

 これもまた、あの discourses of the vanishing のある派生的なあらわれ、でもあるのかもしれないけれども、それはまた別途、考えてみるべきお題として手もとのお題箱に放り込んでおく。*2

 「マイルドヤンキー」とか「下層社会」とか、ここ四半世紀ほどの間でも、詮無く新書ベースの間尺に切り縮められてしまった「文明批評」的目線と感覚からの言語化仕事として、いくつか目につく流れはこさえられてきてはいた。その内容の是非や、おそらく同時代的な風土病としての書き手側の主体ぐるみなゆるふわキラキラぶりなどはともかくとしても。

 洗い晒しの骨組みとしての部分でだけ言うなら、それはまさにこの「彼らは自分たちの「国」を持っているようなもの。その小さな世界の中だけで完結し、そこで生き抜いている」で概ね言い尽されているようなもので、ということはそのような存在として「そういう人々」を認識してしまっている「こちら側」の意識のありようが裏返しにあぶり出されている、それだけのこと、ではある。そしてそれは、言わずもがな「近代」由来の大量生産大量消費の複製技術が伸張してゆく中、活字主体の情報環境において文字の読み書きを介したリテラシーを武器にしつつ社会化してゆく「自分」を編制してきてしまった意識が必然的に持ってしまう対社会像、「世間」に対するイメージの表象の汎用一般形、のようなものではあるのだろう。おそらくは洋の東西不問の、文明史的規模での最大公約数的な意味あいにおいてさえも。

 ただ、本邦の〈いま・ここ〉現在形として言うなら、そのような普遍的な「疎外」の表象というのもまた、〈いま・ここ〉の色合いを否応なしににじませているものになっている。それはたとえば、ここで言及されているような「地方」「いなか」というのは、すでにその「自分(たち)」の生身の身体性やそこが根ざす生活感覚や意識なども引っくるめた領域と、すでにあらかじめ切断されたものであり、あるいはそこまで明確でないまでも、少なくとも平板でフラットで奥行きも高さも希薄な単なる「情報」「記号」としてのみ立ち現れるようなものになっている気配が濃厚なのだ。

 かつての「いなか」――自分が生まれ育ち、父母や先祖の墓もそこにあるような、「生まれ故郷」であり「サト」であるような、だからこそまた鬱陶しく疎ましく、強く意志的に拒絶を自覚しないことにはたとえそこから遠く離れた場所に身を置くようになってもなお、折りに触れてしつこく身の裡にあるルサンチマンを間歇的にせよ喚起してくるようなもの、ではすでにない。だから、「残クレアルファード」に象徴されてしまうような消費生活のずさんさをテコに、学歴や教育や出産から子育て含めての「家族」の生活設計とその行末などについての冷笑含みの、しかしどこか鈍い敗北感やそのようになれなかった自分(たち)の現在についての不安や疑問などもちりばめられたうしろめたさも必ず入り交じっている感覚が、同じ「そういう人々」をめぐるやりとりの中に揺れながら反映されてゆく。

 「家族」とその行く末、についてだけ中心的に合焦されていて、その背後に実際に控えているだろうはずの「親」や「親戚」といった血縁から、具体的な周囲に日々とりまいて現実を形成している近所や地域の人間関係、つまり地縁についてもまた、ひとまずきっちり後景化されているところでやりとりは展開されている。その限りにおいて、これら「そういう人々」について言及する際にそのような地縁血縁的な背景については「なかったこと」にしてしまって構わない、あるいはそうすることがよりくっきりと「自分(たち)」の〈いま・ここ〉の問題を言語化してゆく上で自然なことになっているように見える。個人と家族だけが社会なり地域なりといった背景から切り離されたところに設定されていて、そしてそれらの漠然とした集まりが現在として、文脈に応じて「社会」や「公共」「世の中」「世間」といったまとまりをガワとして装わされることに。「歴史」や「経済」、あるいは「法」や「制度」、さらには「国家」といった、少し前までの人文社会系の「教養」を支えていたはずの鉄筋とも言うべきそれぞれの枠組みと文脈のからみあう立体的なイメージはそこにはどうやらなく、奥行きのない平面的でのっぺりとした想像力の空間が広がっているばかり。

 「いなか」「地方」を疎外した、ということは同時にそのような「自分(たち)」も同時に疎外されている、そんな文脈での平板な想像力の空間における「向都離村」には、たとえばかつての「錦を飾る」といったような惹句と共に「帰るべき場所」としての「故郷」的な意味あいは失われている。「いなか」と自分(たち)の〈いま・ここ〉との間には、どのような形であれ「逃げられない関係」はすでになく、だから「帰るべき場所」としての磁力も魅力も失われている。あまたある個人と家族のまとまりの横並びのうちに、たまたま「異質」なone of them としてだけ存在しているにすぎない、そんな関係。「マイルドヤンキー」と言い、「下流」と呼んで、その「異質」ぶりだけを際立たせようとしても、しかしそれら「異質」ぶりが自分ごととして、〈いま・ここ〉の自分(たち)との間にのっぴきならない疎ましさと共に紐付けられることもない。そういう意味では本質的に「他人事」の「異質」ぶりなのだ。

 「エリジウム」と自分が仮に名付けているいまどきの東京と、東京に象徴されるようなゆるふわキラキラお目覚め系マインドを「そういうもの」として実装した/させられた情報環境と言語空間において、見えない天蓋のように意識の上限を覆っている同時代の〈いま・ここ〉の表象というのは、こういう「向都離村」の現在形もまた、あらかじめその懐の裡に丸め込み、取り込んでもっともらしく表層をとりつくろっているものらしい。*3
 

*1: 先に触れた「向都離村」のお題に関連してのスレッドにたまたまなっていたと思うので、こちらの文脈で。

*2: 当時からいい本だと思ったけれども、いいや、どうせどこかで誰かが眼をつけて邦訳が出るだろうと思ってたんだが、結局その後出とらんみたいなのはあれか、やはり本邦翻訳業界人文社会系の世間もご多分に漏れず、いろいろ枯渇してしもとるということなんだろうか……

*3:つかこうへい、が「熱海殺人事件」の終盤、大山金太郎のモノローグの中に挿入していた、「向都離村」と「錦を飾る」意識が高度成長以降の「豊かさ」の中でどのように切なく吹きちぎられつつあるか、についての原風景を語ってみせる一節を思い出すのだが……どういうセリフになっていたのか、ここはうろ覚えでの走り書きでなく、できれば正確な引用をしておくべきところだと思うので、別途また。