メディア

情報環境とリテラシー、そして異文化としての歴史

広い意味でのいわゆる「リテラシー」の時代差、世代差と、情報環境の違いとの関係によって、否応なしに生まれてきていたはずの「読み方/読まれ方」の違いについて。それが概ね自覚的に対象化されにくいままだったらしいこと、なども含めて。 過去というのは…

押し入れ、のはなし

あれは2015年か、そこらのことだったか。当時、成年向け漫画のスレか何かで、誰かが奇妙な話を語りだした。何でも、ある作家の描く成人漫画には、毎回必ず押入れが出てくる。ここまではまあそんなこともあるだろうな、という話だ。だがそれだけではないとい…

可視化される「ポリコレ当たり屋」・メモ

今日の朝会で聞いた話をメモっとく。キーワードで「ポリコレ当たり屋」というのが大分聞かれるようになったらしい。たわわ、例の駅のバリアフリーの人、本当に改善するつもりではなく、ただ騒ぐのが目的の人。もう企業でも「ポリコレ当たり屋に絡まれたら無…

「広告」「宣伝」の胞状奇胎化

「広告」や「宣伝」という営みがどのように世間に位置づけられ、また語られてきとるのか、を例によって千鳥足ながら自前で少しずつ掘ってみたりしとるんだけれども、おおよそ見えてきたことのひとつは、やはり70年代末~80年代にかけての頃からそれらのもの言い…

「演歌」という定型の凄み・雑感

いわゆる演歌がいま何となく共有されているようなイメージ通りの「型」として完成されたのも概ね1970年代あたりのように感じるんだが、それ以降は明確に「歌詞」に意味を委ねる必要はなくなり、フシその他演歌的「定型」そのものが本質であるようになってい…

ヴィジュアル系とヒップホップの関係・メモ

90年代のヴィジュアル系、90年代の日本語ラップシーン直撃世代の自分にとってもこの方は面白い存在だと思うので注目はしている。ただBADHOPのように本質的な部分でのV系とのリンクではなくて、バブル期以降のポップカルチャー化したV系が産んだ存在かなと思…

「歌謡」のチカラ・メモ

マクロスがアニメとアイドルを融合させた部分はあるけれど。アニソンの女王・堀江美都子さんが、日本コロムビア社内では「美空ひばりの次に偉い人」と呼ばれるほど、歌は元々強かった。勝新太郎・萬屋錦之介・三船敏郎の会社潰した三人で、勝が早く借金返済…

もうひとつの「失われた30年」の内実・メモ

節子、だからそれ、「昭和後期~平成初期」あたりで認識固定されたまんまってことなんや、本邦フェミジェンダー系界隈の認識が。 https://t.co/Xr1weSYZXy— king-biscuit (@kingbiscuitSIU) 2021年11月26日 フェミジェンダー界隈の主戦場のはずの領域につい…

萌え絵とその変遷・メモ

萌え絵はもう死語になりつつあるので便宜上仕方なく使うけど、萌え絵が女性蔑視という話がここ2年くらいで急に出てきておかしな主張が力を持ち始めてる様な気がしてならない。似た絵柄を描く人が韓国中国に留まらずアメリカにも沢山いますが、では世界中で…

洋画吹き替えの技術者回顧・メモ

今のテレビマンは理解できないかな。昔、地上波各局がゴールデンタイムに「洋画劇場」を置いていた頃は、吹き替え版こそが番組のオリジナリティだったので、同じ映画でも吹き替えは各局が独自に制作してました。映画担当者同士は仲良しだけど、他局版を使う…

少女漫画的顔つき、の変遷

少女漫画は昔から目が大きくヒロインが女子大生になっても目の大きい童顔で(「フランス窓便り」を思い出して)、母親もほとんどしわのない童顔です。ほうれい線のある母親はなかなか出てきません。童顔の少女、女性の原型は少女漫画です。読者は少女で、男…

「萌え」で町おこし、是非・メモ

*1 「なんで萌えで町おこしなんかするんだ!」という人が温泉に行っていないのはすぐにわかるんだよな…私は世界有数の温泉湧出量の地域周辺で育ったけど、それだけの観光資源があって、萌え以外にも思いつく限りあの手この手で四六時中町おこしをやってやっ…

女性同人誌のむかし・メモ

あのころ、ふんわり初恋な作品描いてた知人が本番系の同人が増えたことで「これからどうなっちゃうんだろう」って言ってたの覚えてる。その心配は作品を描く人と読む人の大幅増加で、結果二次創作世界が大きく拡大して、好きなものを選べるようになったわけ…

「おはなし」の制御のされ方・メモ

猗窩座さん、煉獄さんとの対決では典型的なアレな小物っぽく見せられており、もしあのまま彼のバックボーンが語られないまま彼が殺されていたら、恐らく彼はネタキャラ以上の存在にはなれなかったと思うのだよな。では逆に言うとバックボーンの語られなかっ…

「アルバム」の衰退

アルバムという「曲の連なり」を何度も聞き返して隅々まで覚えたり、この曲の次はこれ、ということまで体に染み付いてしまうような聴き方ができるのは、時間がたっぷりあって感性が柔らかだった若い頃でないとできないことだったんだろうな。— Andy@音楽観…

メディアと「記録」への情熱

かつてテレビ番組を「記録」したい、と熱望したガキどものその情熱は、音にはカセットレコーダー、映像には銀塩カメラしか機材のない時代とは言え、そもそもなぜあそこまで「記録」したいと熱くなった/なれたのか、ということも含めて、すでに「歴史」の相…

「論壇」は復活しない

こういうと悪いけど、どういうコマを揃えようと「論壇」は恐らく復活しない。今の人は「論客」の意見をありがたがって聞くというより、自分でネットで(拙い意見でも)発信し、その中で人と(拙くとも)議論する、というほうに楽しみを見出す。実際、論壇誌…

動画派と文字派

情報入手先として、動画派と文字派にざっくり分かれ始めている印象。動画派はYouTubeから情報得ているのだけれど、傾向として、デマ情報を信じやすい気がする。新型コロナとかトランプ大統領の情報で、動画派はちょっと信じがたい話をすることがある。— shin…

モーリー・ロバートソン無惨

*1 「男女とLGBTは別問題」と切り分けて論じようとする手合が、だんだん苦し紛れになっていく。自分の得にもならないのに、何を「伝統」「日本人らしさ」を振り回しているの?日本人はもともとバイセクシュアルで乱交してたんだぜ。キリスト教的な近代化のフ…

「教養」と「模倣」の間・メモ

1970年代から50年かけて、マンガやアニメ、ゲームの受容層が高齢化した結果、それらのコンテンツが教養化して、マンガも読まないアニメも見ないゲームでも遊ばない人達は教養人の条件を満たさなくなったんですよ。オリンピックの演出が薄っぺらいという発言…

90年代的な文章は甘えである

90年代の本を読むとかったるいなと感じることが多いんだけど、それは文章を読む人がまだまだたくさんいるだろうという甘えなんだろうな。今の時代はそういうのはみんなすぐに読むのやめてしまうから通用しない — (@pha) 2021年7月24日 90年代の本を読むとか…

続・QJと小山田佳吾問題

昨晩鶴見済氏からメッセをいただいた。私の一連のツイートで「完全自殺マニュアル」を90年代の鬼畜系の文脈に入れて書いたことへの抗議(というほどのものではなかったが)のメッセだった。同じ指摘をフォロワーからもいただいていたこともあり、釈明してお…

五輪開会式に関連するユダヤ陰謀論・メモ

アカン人物がアカン言動をするフィクションで作者や演者を叩いてはいけない。まあ多くの人がこの区別をつけられないのは分かっているけれど、いま辿れる限りでみる発信源のre-geinouというよく分からんサイトと、名前を検索しても何も出てこない「竹下恭一」…

那須正幹の記憶

www3.nhk.or.jp おれは子ども部屋の2段ベッドの上の段に腰かけていた。友達のお母さんが家に来て、下の階で母親と会話していたが、友達のお母さんはおれの名を呼びながら階段を上がり部屋に入ってくると、2冊の本を差し出した。「これ絶対に面白いから」おれ…

ポスモ・ニューアカのカウンターとしての90年代文化・メモ

90年代の文化は、80年代の「ネガ」として自分たちを位置づけていた(その「ネガ」がようやく日の目を見た)という「露悪」に彩られていたと思います。80年代の軽薄さの裏返しとしての湾岸戦争の「反戦」表明、ニューアカの裏返しとしてのオウムの糾弾ないし…

広告代理店の終焉・メモ

五輪やパラリンピックでの競技以外の文化事業でCOOL JAPANを活かしきれていないのは、これまでの広告業界での時代認識が価値観や行動様式が多様化したSNS社会も含む現代大衆社会を広範なおかつ正確に把握しきれていない事も原因ではないかと私は思う。 https…

フリッパーズギターの転変・メモ

90年代のフリッパーズ~小山田/小沢各自のソロ活動においては、音楽作品だけでなく、各メディアでの発言=「言葉」による表現も多々行われた。当時の小山田の態度というのは古い言葉でいうスキゾ・キッズ的なもので、あの酷い発言・表現はその自己演出プロセ…

広告代理店の終焉・メモ

五輪やパラリンピックでの競技以外の文化事業でCOOL JAPANを活かしきれていないのは、これまでの広告業界での時代認識が価値観や行動様式が多様化したSNS社会も含む現代大衆社会を広範なおかつ正確に把握しきれていない事も原因ではないかと私は思う。 https…

トーキョー2020の意味・メモ

東京2020、パクリロゴの件から、セクハラに、豚演出に、障害者いじめに至るまで、ずーっと失敗ばかりなのは「ウソツキだろうが差別だろうがオラついてりゃ勝てる時代」の完全なる終焉であって、これは何千億というお金を投じてようやく膿として出されたもの…

おたくの不寛容・メモ

昔のオタクは不寛容だったっすよ。キン肉マンとか男塾とか銀牙を読むのは脳がない奴扱いというか、ジャンプ系全般に評価の対象外で(バスタードなど一部美少女系を除く)ダイナミック系とか、プロレスも、特撮も円谷以外はバカにされてた。 — メキシカン忍者𓆏…