音楽

「演歌」という定型の凄み・雑感

いわゆる演歌がいま何となく共有されているようなイメージ通りの「型」として完成されたのも概ね1970年代あたりのように感じるんだが、それ以降は明確に「歌詞」に意味を委ねる必要はなくなり、フシその他演歌的「定型」そのものが本質であるようになってい…

「歌謡」のチカラ・メモ

マクロスがアニメとアイドルを融合させた部分はあるけれど。アニソンの女王・堀江美都子さんが、日本コロムビア社内では「美空ひばりの次に偉い人」と呼ばれるほど、歌は元々強かった。勝新太郎・萬屋錦之介・三船敏郎の会社潰した三人で、勝が早く借金返済…

「アルバム」の衰退

アルバムという「曲の連なり」を何度も聞き返して隅々まで覚えたり、この曲の次はこれ、ということまで体に染み付いてしまうような聴き方ができるのは、時間がたっぷりあって感性が柔らかだった若い頃でないとできないことだったんだろうな。— Andy@音楽観…

サブカル受容の現在形・メモ

今の若いロックバンドに自分はあまり興味ないが先日読んだ漫画『マスタード・チョコレート』の、ある知られざるバンドを愛したことで、そこから人間関係の窓を開く主人公へ共感を覚えた これが大正時代ならば対象は詩歌だったろう 我々世代だとカルト系と呼…

洋楽の80年代・メモ

80年代のイケてるシティボーイ/ガールはそもそも邦楽を聴かなかったように思う。竹内まりやや杏里や達郎は商業高校の女生徒が集まる喫茶店や海の家で流れている音楽だった。— 𝙏𝙖𝙠𝙖𝙜𝙞 𝙎𝙤𝙩𝙖 (@TakagiSota) 2021年3月29日 いまシティポップにハマってるような…

「ピュア」志向と情報環境

老害化石脳の自分ですら、昨今はブルートゥース経由のいまどきスピーカーで音楽流すのに馴れてしもとるけれども、古いアナログのある程度大口径スピーカーでCDやらレコードやテープ媒体の音楽鳴らすと、その音圧というか空気振動のさまに、大したものではな…

オーディオ懐古談・メモ

今日12/6が「オーディオの日」であることに因んで、徒然なるままに「自分語り」など。というか、自分(の亡父)語りなんだけど。— しろぷた (@shiroputa) 2019年12月5日 私の父は、昔、俗に言う「オーディオマニア」だったんですよね。一時期カメラにも凝って…

「面倒みる」ということ・雑感

あれらにはあれらの世間がある、という言い方に伴う尊重の仕方。この世は決して誰にも均質な空間ではない、という「あたりまえ」が前提になっているということを忘れないようにしたい。 子ども、というもの言いにしても、「子」ども、のはずで。その「子」に…

秋元康のこと・メモ

秋元康の胡散臭さについては、彼がメディアの舞台に登場し始めた頃、故平岡正明が「香港映画に出てくるいけ好かないデブのクズ」(大意&うろ覚え)みたいな言い方を的確にしていたのを覚えている。それも、彼についての紹介本のようなありがちな企画に盛り込ま…

尾崎豊の、そして「ロック」の「口調」・メモ

*1 尾崎豊、何であれほど気持ち悪かったかっていうと、バイク盗んだり窓割ったりを歌うその発声が明瞭で、聖歌隊みたいに美しかったからなんですよ。不良なら不良と一聴して判る喋り方、声の出し方がある(当時はあった)んだけど、彼はそこ完全に無視した。…