「ピュア」志向と情報環境

 老害化石脳の自分ですら、昨今はブルートゥース経由のいまどきスピーカーで音楽流すのに馴れてしもとるけれども、古いアナログのある程度大口径スピーカーでCDやらレコードやテープ媒体の音楽鳴らすと、その音圧というか空気振動のさまに、大したものではなくても改めてちみっとカンドーしたりする。これは単に出口のスピーカーによるものなのか、それともそもそも音源のアナ・デジの違いによる部分もあるのか、専門的なことはようわからんけれども。

 ブルートゥース経由のいまどきスピーカーも音質は確かにいいし(聴く耳はポンコツだけど)、それなりに絞った音量でもクオリティ保てるのはいまどき感あるんだが、そういうのとはまた違うんだよなぁ……

 「ピュア」オーディオ、ってもの言いも割と最近のように思うが、そういう「純粋」志向、「ホンモノ」崇拝の心性自体がもうレガシーになりつつあるような気もする。それこそ「専門家」や「専門知」に対する世間一般その他おおぜいの認識や感覚などと通じるかもしれんような意味で。

反知性主義」とか「ポピュリズム」なんかを必然として招来する、情報環境やそれを支える技術などもひっくるめた背景≒「時代」の問題。要検討。