大学

夢見る「家庭」の光と影

今年で30になります。僕、恥ずかしい話なんですがこれまで一度もデートに行ったことないんですよ。もちろん彼女がいたこともありませんよ。最近ニュースで話題でしょう。なんでなんでしょう?僕が悪いんですか?それとも社会が悪いんですか?僕の人生を振り…

情報環境とリテラシー、そして異文化としての歴史

広い意味でのいわゆる「リテラシー」の時代差、世代差と、情報環境の違いとの関係によって、否応なしに生まれてきていたはずの「読み方/読まれ方」の違いについて。それが概ね自覚的に対象化されにくいままだったらしいこと、なども含めて。 過去というのは…

「大学」という場への不信感の増幅

いまさら改めて言うまでもなく、そして殊にウクライナの一件が勃発してこのかた、本邦国内的な情勢の変化の一環としても、人文(社会)系の「学問」に対する不信感、違和感が世間一般の間にも強く抱かれるようになっていて、それはひいてはそれら「学問」の宿る…

あたしのビートルズ

6年4組のみんな、卒業おめでとう。最後に先生から話をします。イオンとドンキしかない国道沿いのこの街を捨てて東京に出て、早稲田大学教育学部からメーカーに入って、僻地工場勤務で鬱病になって、かつて唾を吐きかけたこの街に逃げるように戻ってきた先生…

ささやかな社会貢献

自分は自分を「学者」とも「研究者」とも思うとらんし、そう呼ばれるのも正直居心地悪いし、何にせよ外道で規格外の物件という自覚だけはまともに持っときたいと思うとるが、それ前提でなお、ものを考えること、考えてそれをできる範囲で世に還元することは自分…

大学現場の教育力・メモ

https://twitter.com/_0ranssi_/status/1446712425227513862 「問題学生を搦め手の指導で卒業させてた高田純次系教員が退官して真面目な教官ばかりになり、問題学生が適切な指導されずにいる」という話に「義務教育じゃないんだから卒業させなくていい」「正…

QJ と小山田佳吾問題・メモ

小山田圭吾がいじめ告白をした90年代前半の「クイック・ジャパン」で私も仕事をしていた。小山田インタビューを担当した編集者も知っている。あの当時もそれなりに衝撃的な記事だったが、炎上することはなかった。ネットが未発達だったこともある。 — 竹熊健…

人文系の査読は世間のリテラシー・雑感

かつて「アカデミズムとジャーナリズム」の対比で語られていたその「ジャーナリズム」の側の〈知〉のありようは、少なくとも日本語を母語とする本邦情報環境における人文社会系においては、いわゆる学術研究的な微視的精緻とはまた別に、やや俯瞰的な視野を…

「マル経」のその後

50年代主流の所謂「マル経」は、資本主義は行き詰まって明日にでも革命を起こせるって本気で思っていてさ、それからの60年〜70年代の高度経済成長と科学の進歩ってのが「説明出来ない」事態に陥っていたのよな。そこから延々「現実を無視する」のが左の方々…

【倉庫】札幌国際大学問題関連web上でのリリース

映像・文字混在していますが、とりあえずweb上で参照しやすいものをざっくり時系列にて。必要あれば今後、追加してゆきます。*1*22020 03 31【NHK】札幌国際大 ・学長と理事長 対立・留学生 受け入れ めぐり対立 https://youtu.be/zX1uOG8oZ-Q @YouTubeより …

社会学と「セカイ系」・雑感

社会学が突出して症状化しているから袋叩きにあってるけれども、これはある部分、かつての文学なり社会評論なりの〈いま・ここ〉を言語化する文法・話法が、その背後にあったインテリ文化人的自意識ごと、いまどき情報環境では全方位からの批判にさらされる…

ウェーイからバンカラまで・メモ

旧制高校のバンカラもウェーイだったという指摘を受けたことがあるが。だとすると旧制:バンカラ60年代:全共闘80年代:広告研究会現在:ミスター慶應というウェーイの系譜があるわけだ。— Leclerc (@3adam15) 2021年1月1日 もしかしてこれは、詳細に調査考察す…

「善き人」との邂逅

これはbiscuit先生の仕事全体について当方が上手く飲み込めない所にも恐らく通じてまして。厩舎や路上のペットボトルを丹念に論じたりする水準と、大文字で肩肘貼ってる点では最も旧弊な左翼と同断の「つくる会」にコミットする水準とが、どう結びついてるの…

「記録」の現在・メモ

大方があたりまえだと思ったり感じたりしているようなこと、はわざわざ「記録」されない。 それどころか、わざわざ意識されたり見られたりすらされなかったりも。 ただ、「記録」がそのような記録する者、何らかの主体が必ず関わって初めて成り立つようなもの…

大学受験の記憶

なんで自分は東京の大学に行こうと思ったのか、40年以上前のこととは言え、何度改めて思い返してみても特段の理由があったとは思えん、むかしも今も。 大学に行くもの、というのは何となくそんなものだと思っていた程度だったけれども、浪人したら職人にする…

東大卒のワヤ

上氏と米山氏の最大の功績は、東大医学部に入る受験勉強の能力など、世の中では全く役に立たないと世に広く知らしめたこと。自分の得意なことに意識過剰になって、自らに欠けるものが見えなくなるのが彼らの特徴。東大に入ってクイズばかりやっている人間も…

東京の中流家庭アドバンテージ・メモ

2019年の入学式の祝辞と今年の入試の国語の問題から、「男性であったり裕福な家庭に生まれた事で、一見公平な競争に見える受験に於いてすら他の人より恵まれているのだから、全てが自分の努力と思って驕るな。」という東大の非常に強いメッセージが伝わって…

森毅、的なるもの

森毅は裏表はあんまないように見えるが、天野祐吉がテレビほかメディアだと、気のいいおじいちゃんだったのが、内輪のスタッフにはクソ厳しい叱責オヤジだったと。出版業界の経験則でいえば、文体と人格は反比例し、露悪的なこと書いてる人ほどイイ人で、偽…

外国人留学生の労働力化

*1 これ地味に大きいのぶっ込んできた感ある。学部卒、院卒の元留学生に「特定活動」の告示改正一発で卒業後も最大5年は接客業で働けるようにすると。しかも明後日から。例えば留学生でコンビニや居酒屋のバイトリーダー格になっていた人が卒業後も働き続け…

「教育」の無力

*1 塾で仕事してた時、数年分の学習を蔑ろにしていたお子さんを見たことがある。同学年から遥かに遅れた学習にプレッシャーとコンプレックスと焦り。苦痛に耐えきれず休会と再開を繰り返していた。義務教育は思春期までに自分を客観的に見て先に進むために必…

歴史学者と文学者・メモ

*1 百田尚樹氏や井沢元彦氏が本職の歴史学者から叩かれるのは仕方ない話だと俺も思う。思うが、俺たち世代が日教組に「慰安婦人狩り強制連行」の大嘘を叩き込まれる精神的虐待を受けていた頃、「おどれらええ加減にせえよ」と怒ってくれた本職の歴史学者がと…

ある博士持ちの死・雑感

学部の卒業が見えてきて、全く関係ない分野のしかも他大学の大学院行ってみたいと言うた時、死んだオヤジは「で、おまえその道っていくつになったら喰えるようになるんや?」と淡々と尋ねてきて「喰うこと」を改めて意識させてくれた、それは心底ありがたかっ…

「ニセ学生」の手ざわり・雑感

*1 そうなんだよなあ、「ニセ学生」なんてのが可能だったってこと自体、実際は首都圏や京都など限定の環境だったってことなんだわなあ。当時はそういう事情あまり考慮の入ってなかったというか、入れる必要もないほど「学生」の意味あいがそういう環境前提に…

世間の「高校化」・メモ

*1 この一連の話、 別角度から見ると数年前にどこかのライブハウスでの揉め事がネットでバズってて時に『SNS上の謝罪やり取りに異様に拘る当事者達』についてたしかいとけん先生か誰かが疑問呈していたやつの答でもあると思う。私の思う結論から言うとおそら…

「個別具体」から、の目算・雑感

自分の抱え込んだ雑書の山にそんな大層な意義があるとは到底思わんが、ただ本ってのは集積されとって初めて何か意味を持ち、何らかの有用性に向かって開かれるものであることもまた確かなわけで。ささやかな私立書庫、自分以外に年にひとりでもふたりでも「…

電博が人生のゴールという人たち・メモ

大学にいた人たち、言葉には出さないものの電通や博報堂に入るのが人生のゴールみたいな人たちばかりだったので、知識や芸術や文化っていうのは就活のときに切り捨てられる「小数」(fraction)でしかなかったんだよね。 — masaki ohashi (@ohashimasaki) 20…

「読む」をめぐる因果

*1 「読む」についてもうひとつ思い出話をします。僕の大学院の先生は猛烈に「読む」にうるさい人でした。授業では学生がレポーターになるんだけど、もう全然進ませてもらえないの、突っ込み入れられまくりで。90分x2で1パラグラフしか進めない、なんてよく…

文字の書けない若い衆・雑感

文章が「書けない」若い衆問題。語彙力がないとかそういう問題以前にそもそもまず「正解」しか出せない/出してはいけない、という縛りがあって、それはどこか外部に存在しているもので、それをなぞるような「書く」しかしたことがない、というケースが実は少…

ニューアカ東西・雑感

「ニューアカ」にも実は京都流と東京流みたいな違いはあってな。浅田などは京都学派由来の哲学/思想系界隈のノリ介したシンパや信者のコミュ感がコア層に共有されとったわな。いまだとそうだな、それこそかのシュナ坊などにその残り香みたいなのはちみっと感…

「大学」と地元/地域の関係、その変わり方

大学、書店、古書店、映画館、喫茶店……あまり意識されていなかったのかも知れないのだが、それら〈知〉なり「文化」なりを宿してゆく(とされ/思われていた)具体的な装置の類は、いずれも実はある「地元/地域」の間尺で初めて十全に棲息できていたらしい。もう…