大学

「思想史おたく」のなれの果て・雑感

「思想史おたく」と、かつて浅羽通明に言われて30年あまり。思い起こせば、その時ちょっと鼻白んだ記憶は確かにある。「思想史」と「おたく」という組み合わせが、その頃はまだうまくこちらの身に響いてこなかったのだ。 とは言え、大学の学部時代、教養課程の…

「無敵論理」のこと・メモ

無敵論理とは。敵対言説に「差別者」のレッテルを貼る→そのレッテルを根拠に「差別者は歴史修正主義者と同じだから議論の必要はない」などとノーディベート、ノープラットフォームを宣言する→どんな批判が来ようが「差別者」と呼べば議論をキャンセルできる→…

自衛官が「狩られる」同窓会・メモ

入隊時は良い大学とやらを目指す同級生に『あんな学校行ってロクでもない仕事に就くなんて、あいつ人生終わった』なんて言われたもんだ。当時は経済的に浮かれた時代で、短大出の20そこそこの娘っ子がウナギ登りの証券会社なんかに就職すると、初年度のボー…

ポスモ難解の末路

「本当に頭のいい人は難しいことも簡単に説明できる」って主張、今から20年くらい前のインターネットで人気だったけど、最近では否定されるようになった。じゃあ、なぜ当時の主張が人気だったかというと、(たぶん)簡単なことでも難解に論じるポストモダン…

本邦ポストモダン、回顧

「本当に頭のいい人は難しいことも簡単に説明できる」って主張、今から20年くらい前のインターネットで人気だったけど、最近では否定されるようになった。じゃあ、なぜ当時の主張が人気だったかというと、(たぶん)簡単なことでも難解に論じるポストモダン…

「先行業績」は「正解」ではない

「先行業績」とは「正解」ではない。 なんか、いまどきの若い衆世代、それを初手から「正解」的にだけとらえとるような気がすごくしとる。 それら「先行業績」個々の内容というだけでなく、それらが「業績」として乗っかってきた背景その他ひっくるめて、言…

「文学」「全体」そして「科学」・メモ

むかしよく言われていたのは、サルトルのような現代の文学者は人間や社会の「全体」を描くところに価値があり、専門分化した「科学」に対する「文学」の価値もそこにある、ということだった。マルクスが人気だったのと同じ理由だし、 https://t.co/XnF9AZHOQ…

「正しい」のホモソミソジニー共同体・メモ

どんなリクツ、どういう能書きや意見、考えを繰り広げようともそりゃ勝手次第だが、ただ一点、そこに「愛嬌」や「可愛げ」といったものが響いてこないのは、その書き手話し手自身に、世にある人として何か本質的な欠陥があるのだとおも。 その意見やその背後の…

東大≒穀潰しタワー・メモ

世の中の大人は穀潰しタワーの住人と違って「こういう所の出身者を採用したら、自分の会社でも同じように政治的主張を合意無く窓に貼り付けたり『戦争反対の署名お願いします』の迷惑メールを職場の部署全員ccで送ってくるかもしれない」と考えますよ。煽情…

「専門性」について・雑感

「専門性」ということを、あらためて考えてみている。 とりあえずは学者研究者、昨今の言い方に倣えば「アカデミシャン」というあのけったくそ悪いもの言いになるのだろうが、良くも悪くもそういう立ち位置を方便としてでも取りながら世渡りしてきた身ではあれ…

ずっとすわって授業を聞けるチカラ、その是非

中学高校の頃からショート動画で育ってる子らが90分の授業ずっと座って聞いてられへんのは当たり前やし、そら映画かて早送りで観よるで、って話をしていた。それにいまは大学の学費も高い、親も昔ほどゼニ持っとらん、バイトせなあの子ら大学行かれん、その…

大正教養主義のこと、雑感

戦前、当時の映画雑誌が家の中にあるのは、姉がいるような家の子どもだったりしたらしいこと。いわゆるサブカルチュア、「通俗」とは〈おんな・こども〉を介して日常生活に浸透していった部分が実は大きかったらしいこと。 大正教養主義的な〈知〉wのありよう…

高卒で就職した、ある先輩のこと

高校時代のラグビー部に、高卒で大手都銀に就職したという先輩がいた。一緒にプレイしたのでなく、自分が現役の時すでにOBだったから四つか五つ年上だったのだと思う。こわい先輩ではなく、気のいいタイプで、ごくたまに顔を見せては年下の自分たちと一緒に…

思想史の補助線としてのマルクス主義・メモ

思想史というか、本邦近代このかたの人文社会系の〈知〉の成り立ちや、その経緯来歴(「歴史」とは言わん)を「わかる」ための補助線・準拠枠的な意味でのマルクス主義ってのは是非はともかく不可欠だと思うんだが、いまどき人文社会系の若い衆世代はそのへん、…

「大学」のあやしい人・メモ

昨今の「大学」という場に、年齢不詳、学生なのか何なのかすらあやしい、でも何となくそこらにいて妙な存在感はあるから、みんな「ああ、あの人」程度の認知はしている、といったような人物は果して存在しているのだらうか。 教室や校舎の中はうっかり立ち入れ…

言葉は通じるのに話は通じない

会話してもムダ、話が通じない、考え方や感じ方がまるで違って、まさに「言葉は通じるのに話が通じない」局面というのがどうやらそこここで日常化しているらしい、本邦いまどきの世間のありかた、その根の深いところでの背景や理由の一端としての「おキモチ原…

単に二枚舌で恥知らず、なだけの「こんな人たち」

ここにきてようやく、と言っていいのだろう、本邦のフェミニズム界隈の近年、あまりにも常軌を逸したていたらくに対して、素朴な反感や違和感がまとまった形で表明され得るようになってきたようで、ひとまずそれは喜ばしい。 言わずもがな、のことだが、それ…

美術・芸術・文学、への疎外感について

*1 「美術」や「芸術」といった方面についての勉強が、いつもどこかよそごとになっていた。させられていた、と言った方が、正確かもしれない。 逃げも隠れもしない、天下御免の純粋培養私大文系3教科育ちのこと、本来ならそういう「美術」「芸術」方面にもそれな…

不在幽霊留学生、の懸念

在籍しとることにはなっとるみたいだが、本邦には来とらん幽霊留学生ばかり、未だ懲りずに山ほど増やして、ほんまにどないするん? 来年度からクォーター制導入して、さらに留学生増やして、こちらから留学する若い衆も増やして、とまあ、なぜか夢ふくらみま…

本邦ポスモの呪い、の現在・雑感

本邦80年代あたりに猖獗をきわめた「ポストモダン」のありようについて、年来の大ネタのひとつではあるので、この個人的チラ裏(死語だな)に等しい場でも、まあ、折りに触れて俎板の端っこくらいにちょいちょいあげて素材の下ごしらえくらいのことはしてきて…

論文ばかり読んでいるとバカになる

論文ばかり読んでいるとバカになるぞ――なんかそう言ったことがある。いつ、誰に対してだかは忘れた。けれども、そう言った時のその相手の顔つきに、明らかに軽蔑と落胆と、ああ、こいつは相手にしない方がいい物件だったよな、といういまさらながらの気づき…

雑書の行く末、のこと

大学に拉致されたまますでにほぼ3年、いずれやくたいもない雑書の山なれど、裁判の決着がどのようになるにせよ、来年3月には泣いても笑っても定年の身の上、研究室と学科実習室にあるそれら雑書古書からVHSビデオやらその他LD、DVなどのレガシーメディア再…

「教える」ルーティンの縛り・雑感

3年前、予期せぬ形で勤めていた大学から放逐されることになって、それまでそれなりに日々のルーティンになっていた講義や演習など、大学というたてつけの中であたりまえにあった「教える」という営みから切断されて、ものを考える習い性まで微妙に違うものに…

人文系煮崩れの責任世代

自分などと同世代同年代で素直に大学教員になれた人がたがここにきて軒並み定年前後になっとるということは、ここ10年~20年の大学教育や学界の中堅~幹部級だったわけで、一気に可視化されてきた本邦人文系の煮崩れのその過程に最も責任あった層だと言われ…

テツガクシャ構文解析されてまう

とりあえずの締めとして、フェミトーの「植村評」をしておきますと。植村先生のツイートって基本的に、物凄くワンパターンなんですよ。まず前半で、個人的意見なのか美術界における正論/一般論なのか分からないことを言い、聞いている人間を軽くイラッとさ…

本邦人文系煮崩れの背景

いわゆる人文社会系、まあ、人文系とくくっておいていいのだろうが、いずれ本邦日本語を母語とする環境でそれなりの歴史的経緯と共に「そういうもの」として育まれてきた学術研究およびそれに付随するある〈知〉の拡がりが、ここにきてつるべ落としに本邦同…

留学生の不適切入試の疑いで混乱する札幌国際大学

ルポ 大学崩壊 (ちくま新書)作者:田中圭太郎筑摩書房Amazon■ 不適切入試を学長が告発、理事長は反論 「運営法人側が助成金を得る狙いで不適切な入試を行った」 札幌国際大学の当時学長だった城後豊氏は、二〇二〇年三月三一日に札幌市内、北海道庁の記者クラ…

「教育」という冠のワヤ

ほんまに「教育」と名のつく、あるいは冠かぶった領域については、「立ち入り禁止」ないしは少なくとも「自己責任で」と明記すべきとおも、ここ四半世紀くらいの経緯については。 いわゆる人文系の「教養」が、世間一般の「本読み」「読書人」の下支えがまだあっ…

拝啓、上野千鶴子さま

上野千鶴子さんについて思う事いろいろ改訂版。若かりし頃、学生運動のただ中でバリケードの中に立て籠もりつつ、ひたすら同志のためにおにぎりを作り続ける日々。なお、ご本人はかなり自信があるようで「おむすびキャリア50年」と半ば自嘲気味に語られて…

論文や専門書のいまどき、との対し方

いわゆる研究論文や専門書の類、参考文献や註から眼を通すんだが、昨今それであらかじめ「ああ、こういう範囲のこういう目配りしかしない/できない人なんだな」という、概ね良くない意味での見切り方を容易にさせられてしまうことがほぼほぼ普通になってし…