

「本当に頭のいい人は難しいことも簡単に説明できる」って主張、今から20年くらい前のインターネットで人気だったけど、最近では否定されるようになった。
— Rootport🔥 (@rootport) 2024年10月20日
じゃあ、なぜ当時の主張が人気だったかというと、(たぶん)簡単なことでも難解に論じるポストモダンが90年代までは大流行していたからで…
「本当に頭のいい人は難しいことも簡単に説明できる」って主張、今から20年くらい前のインターネットで人気だったけど、最近では否定されるようになった。
じゃあ、なぜ当時この主張が人気だったかというと、(たぶん)簡単なことでも難解に論じるポストモダンが90年代までは大流行していたからで…
1980年代:人文系論者の間でポストモダンが大流行。どんな簡単なことでもできる限り難解な文章で語れることが「賢さ」のシンボルになる。
1995年:ソーカル事件。ポストモダンの化けの皮が剥される。
ゼロ年代:インターネットで「本当に頭のいい人は難しいことも簡単に説明できる」論が人気に…
そして今:「本当に頭のいい人は難しいことも簡単に説明できる」というのは嘘。どんなに頑張っても難解に説明せざるをえないことがある……って論が人気に。
2011年以降のSNSの発展にともなって、私たちの党派性は強化されたし、社会の対立・分断は深まった。その結果、「どれほど分かりやすく説明しても理解しあえない相手がいる」と可視化されたことも、「本当に頭のいい人は難しいことも簡単に説明できる」という主張から人気が無くなった理由かも。
議論というのは、話し合いの結果次第で「意見を変えるつもりがある人」同士でしか成立しない。お互いに「理解しよう」という前向きな意欲がないと、理解し合うことなどできない。
ところがSNSの毒で脳が焼かれた人間は、「何を言われも絶対に意見を変えるつもりはない!」という態度になってしまう。
「どれほど下らない内容でも、できる限り難解に書く」というのは、議論を拒絶する態度だ。わざと分かりにくく書いておきながら「分からないのはお前がバカだから」と言えばレスバに勝てる。
一部のインテリが身に着けたこの悪癖を断ち切るには、「わざと難解に書くこと」自体を否定する必要があった。
本邦の「ポストモダン」や「ニューアカ」や、それに必然的に付随してこざるを得ない「80年代状況」などもひっくるめて、何らかお題になる/されるような局面は、それこそ福沢諭吉ではないが「親の仇でござる」的な感覚が骨がらみになっていて、でもそれは同時に、その時代その状況を同時代の〈いま・ここ〉として生きて呼吸してのたうちまわってきたという意味で、否応なしに自分ごととして言語化せざるを得ないものでもあるから、まあ、その、いろいろとしちめんどくさい手続きをおのれの内側でしながらの対応を強いられることにもなるわけで。
良くも悪くもそれから少なくとも30年以上、どうかすると40年という時間経過が現実にあり、その間すでにそれらは歴史的過去となり、同じ自分ごととしては生まれる前の時代のことであり、そこまででなくてもものごころつく以前の、どっちにせよ見知らぬ時代の関係ないよそごとのハナシでしかない世代というのも、すでにあたりまえにこの2024年の〈いま・ここ〉を共に生きている状況なわけで、そういう中でよそごとのハナシとして言語化され語られ意味づけられるそれら「ポスモ/ニューアカ/80年代状況」が、こちとらからすれば「それってちょっと……」だったり「なんかそれ、違う気がする」だったりするのもまた、致し方なくあたりまえのこと、なんだろう。
たとえば、ソーカル事件。半径自分身の丈範囲でも、当時それがリアルタイムで問題になったりされたりしていた記憶は正直、ない。だから衝撃でも何でもなかったんだわ、それが発表された当時は。少しあとになってあれこれ紹介されるようになって、へえ、そんなのが、という程度で、まあボンクラその他おおぜいの同時代気分的にはそんなもの、後付けで「なるほど、そりゃえらいことだったんだろうな」という微妙な距離感、それは時間的にもだけれども、それ以上にやはり海の向こう横文字の世間でのできごとであり、その程度に「よそごと」っぽく受け取らざるを得ないところが正直、あった。
あと、これも言っておかなきゃフェアじゃないんだろう、それが「理科系」でのできごとだった(らしい)ということも。ということは、海外ではいざ知らず、こと本邦日本語環境における「ポストモダン」や「ニューアカ」とかって当時の流行ものを支えていたのは、まごうかたなき「文科系」――いや、それもその少し前までの折り目正しい文科系というわけでもない、ぶっちゃけ70年代に急激にあらわになった偏差値的世界観に律された「受験戦争」環境によってうっかり準備されたあの「私立文系3教科」的一般通俗ボンクラ教養まがい、の文革的(゚∀゚)アヒャヒャヒャヒャまかせのやりたい放題、だったんだから。
ソーカル事件を本当に「自分ごと」として受けとるための資格というか条件自体が、本邦ポスモ・ニューアカ脳には備わっていなかった、というのが、実は結構シャレにならん「そういうもの」だったんじゃないか、と、結構本気で思う。で、さらにこれもまた言い添えておいていいと思うのは、ならばそもそもその理科系の世間というのも、こと本邦日本語環境においては、どれだけ「自分ごと」にして受け止めることができていたのだらうか、ということも、まったく等価・平等に。