ルンバが死んだ

 ルンバが死んだ。老衰した犬の様にヨロヨロ動く円盤はガタンという異音と共にこと切れ、ボタンを押しても、電源ケーブルを直挿ししても、電池を入れ直しても何も反応しなくなった。我が子の誕生とともに我が家にやってきた掃除ロボットの最期はあまりにあっけなく、未だに私は受け入れられずにいる。


 10年前の機種だけあって、手のかかる子だった。少しの段差で動かなくなるし、ホームを見失ってリビングの真ん中で固まっているのを運んだ回数は数えきれない。電池も何度も交換したし、持ち手は経年劣化で折れた。それでも、壁にぶつかりながら懸命にゴミを吸う姿は、少なからず胸を打つものがあった。


 「もう古かったし、新しいの買えばいいじゃん」と小4の娘。あなたがまだハイハイしていた頃、ルンバが動き出すたびに音が怖いと号泣していた事は記憶にないのだろうか。まだスプーンもフォークもうまく使えなかった頃、食べ散らかした後の米粒の残骸を吸い込んでいたのは誰だと思ってるんだろうか。


 ルンバは戦友だった。家事を一切手伝わない夫に代わって、ザラザラした床を綺麗にしてくれる頼もしい存在。毎朝、子供たちを学校に送り出して会社に行く前、床の上に散らばった服や本を慌ただしくソファに乗せ、ルンバのスイッチを押す瞬間。この世界で唯一、自分の仕事を誰かに託すことができた。


 もう二度と動くことのないルンバを見ながら、ぼんやり考える。冬のボーナスをあてに新しい機種を買って、やっぱり最新のやつは便利だねと喜んで、朽ちたルンバのことは忘れてしまうのだろうか。将来、AIを搭載したロボットが普及すれば、粗大ゴミのシールを貼るたびにこんな想いをするのだろうか(完