TSUTAYA的なるもの、の現場、続き

 ついでに言うと、代官山蔦屋が何か新しい価値観を提示するというフェーズはもう終わっていると思います。良くも悪くも街の本屋として根付き、それを継続させていくのがこれからの役割なんじゃないかと。他にも面白い試みをしている本屋は沢山あります。好きです本屋。今が一番豊か。本屋に行こう。


 あと「ライフスタイル」「セレクト書店」みたいなのにもやっとする人は三品輝起さんの『すべての雑貨』(夏葉社)を読んでください。僕のツイートの5000倍は有益な時間になりますので。4月21日取次搬入で『すべての雑貨』 という本を刊行いたします。 著者は、西荻窪の雑貨店「FALL」の店主、 三品輝起さんです。 この本がデビュー作となります。 三品さんの素晴らしさをどう説明すればいいのか、 いつも迷うのですが、まず、FALLという店が 素晴らしいのです。 しかし、この本は雑貨の良さを語る本ではありません。 21世紀に入って爆発的に増えた雑貨屋、 さらにいえば、雑貨とはなに...

 続きのようなものを書いています。


 「ライフスタイル」も「カルチャー」もなんというか、しゃらくさいですよね。そう謳われている9割以上のものは空虚なものだと思いますよ。でも一握り(ほんとに一握りだとは思いますが)芯食ったことやってる人たちがいるんです。僕はそういうものは信じたい。


 本を取り巻く環境や本屋運営にまつわる話は内沼さん(@numabooks )が既に数年前に書いてますし、実戦もされてます。ので、興味ある方は僕の周回遅れの話なんかよりこちらのnote(できれば本を!)お読みください!

【全文公開】これからの本屋読本|内沼晋太郎|note
『これからの本屋読本』(NHK出版)の本文を、すべて無料で公開します。現在、平日毎日ひとつずつ新しい記事を追加中です。ぜひコピペしてSNSやブログ等で引用したり、議論の土台にしたりしてください。これからの本屋が盛り上がっていくきっかけに、少しでもなれば幸いです。もし気に入ってくださったら、紙版や電子書籍版をお買い求めいただけれたらうれしいです。

 一本屋の話にこんなにリアクションがあるのに!なぜ!本屋は儲からないんだ!という気持ちです


 「オシャレ本屋(笑)」みたいに言及される店ではありましたが、全国にフランチャイズされる店舗のデザインにオシャレもクソもないとは思いますね。「おしゃれ」と「デザインされた」は全然別。余談ですが、デザインされたものを安易に「おしゃれ」とする態度は単なる無思考です。


 60万インプレッション…おれの原稿はそんなに読まれたことないのに…こんなツイートで…くっ…!
おれ頑張るよ…頑張るんだ…


 百年さんの「「本屋」への愛があったのかというとわからない。本という商材を使ってただ商売をしているという印象の方が強いからだ。そこに行く人、集まる人、出版社も結果それに加担してしまっているように思う」は全く同意です。


 お店の方針には愛を感じない部分もありましたし、結果自分も加担していたとは思います。そこは自分もぬるかったと言うしかありませんね。百年さん、大好きな書店です。みなさん行ってください。


 今は書店ではなく自分で出版社をやっています!『MATSUOKA!』最高なのでご覧ください!
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https://twitter.com/nao4200/status/1270249675468140545?s=20

 ある特定の領域を一つのジャンルで括った時、必ずまがい物が紛れ込みますよ。「音楽」も「アート」も「文芸」もそうでしょう。一部の「本物」取り巻くシステム全体で「シーン(のようなもの)」が出来上がっている。


 ある一定規模のビジネスにしようとしたらこの矛盾は今のところほぼ必ず抱え込むことになると思います。でかい店舗維持するなら売れ筋置かなきゃ成り立たない。そうじゃない方法で成立させるなら規模を小さくするしかない。だから個人店が面白いんですよ。これは構造的な問題です。


 「好きなようにやる(ように見える)」ために適切な規模感で運営する。とはいえ、これもとても難しい方法です。だからこそ尊いですよね。このご時世、個人で店舗を存続させている全ての方を尊敬します。すごいことです。


 「好きなようにやる(ように見える)」と書きましたが、僕の印象では個人で始める人って好きとかよりも「納得いかないことは絶対にやらない」を大事にする人が多いんですよね。規模のために魂は売らないってことです。


 魂売るとどうなるかって、数字の誘惑に負けます。甘い蜜の味を覚えてしまうと蝕まれるんですよね。品揃えやコンテンツが売れ線になるぐらいなら良いですが、本屋ならヘイト本置いたり、倫理的にNGな情報商材本を置くことになります。そんなもののために生きてるわけじゃないのに。


 もっと言うと箕輪編集室みたいなものづくりの仕方、売り方が正解ってことになりますよね。ビジネスである以上は数字が正義な面もあります。でも空虚なもの何万部売るよりも確かなもの一冊届けることに心血注いでいる人がこの業界には沢山いるわけです。やっぱりそういう人と向き合ってたいですよね。

 飯田くんはバリューブックスという古本屋で編集者として働きながら「本を届ける」ことに向き合っている1人。彼も同社の取組みも面白いです。

 代官山蔦屋書店で働いていた、高橋さんのコメント。よく分かる。本屋(図書館含む)まわりの批判や失望を見るにつけ、その原因は、「本が好きな人」と「ふだん本を手にする機会がない人」へのアプローチの違いなんではないだろうか、と感じる。

TSUTAYA的なるもの、の現場・メモ

*1
*2
*3

 代官山の店舗はその後全国に展開される「蔦屋書店」ブランドの旗艦店であって、あの規模でいわゆる「セレクト書店」と呼ばれる分野(話はそれるがセレクトしていない本屋はないはずなのでこの呼び方には大変違和感がある)に参入したという意味で実験的な試みだった。


 オープン時のスタッフは他の書店での経験がある方は比較的多かった。また、ベテランの編集者・ライターだった方で書店員に転向した方や、その他、様々な経験を持って棚づくりを行っている方も少なからずいた。「コンシェルジュ」と呼ばれる方々。博識でした。同僚として僕も色々学ばせていただいた。


 現場の人間が「本への愛がない」わけなんてなく、当時店頭に立っていた方々の多くは真っ当な仕事をしていたと思います。そうした方々は今もいろんな場所で活躍してます。


 蔦屋が一貫して掲げているのは「ライフスタイル提案」です。これが何かというと「本」ではなく「本のある生活」を提案するというもの。個人的な解釈もありますが、まあ遠くないと思います。RTで批判されているようなことですね。「スタイリッシュな空間でコーヒーを片手に本を読む」みたいなやつ。


 今じゃ他のチェーンや個人店でも増えてますが、当時は併設しているお店で買ったドリンクを持って入れる書店なんてそうなかったですからね。それだけでもまあ色々言われるわけです。「汚れたらどうすんだ」とか「本を大事にしていない」とかね。


 まあそういう見方があるのなんて折込済だし、働いているスタッフの中にもそういう所に批判的な人はいましたよ。だって、これ現場の人間からしたら良いことないんですよ。立ち(座り)読みの時間もドリンク溢した汚損本も増えるんですから。それでいて、売り上げに繋がるのかはよくわからないという。


 汚損本は書店が買い取るので不利益になるわけですよ。「たかが一冊」と思われるかも知れませんが書籍の掛け率知ってる人から青ざめるようなシステムだと思います。一冊の汚損本の回収のために何冊売れば良いのか、まあ興味ある方は調べてみてください。万引きで本屋が潰れる理由がわかると思います。


 そういう不利益と引き換えにしても実現したかったことがあるということですよね。それが「ライフスタイル提案」と百年の方がツイートしていた「街に開く」です。実際どれだけ達成できているのかはさておき、目指す方向性自体は僕はそう批判されるものではないと今でも思います。


 「本の品揃えで勝負しろよ」みたいな本好きの方々の意見はわかるんですが、正直15年以上前の議論だと思いますね。本だけでは難しい構造が業界にあって(それはそれで改善されるべきなのは言うまでもない)店舗を存続させるために雑貨やドリンク、イベントに力を入れている書店は今はいくらでもあります。


 「本は飾りじゃない」もよく言われました。でも店内の本は全部売り物だし、ちゃんとそのつもりで選書もしてました。それに好きな本を聞かれた時にイメージ気にして答える人って普通にいますよね。それと同じで、格好から入るってことの全てを否定したくないんですよ。間口を狭めるんで。


 ちなみにイメージと質は両立させることが出来ます。一時期の代官山蔦屋は他の書店と比較しても恥ずかしくない仕事をしていたと思います。日本の他の店では買えないリトルプレスや洋雑誌を手にとって選ぶことができました。リスクをとって店が独自に仕入れていたからです。


 書店の選書がどうだと評するような振る舞いは下品だというのが書店員同士の認識としてはあったと思いますが、まあ外の方からは色々言われますよね。全ジャンルに精通している人はいなくて、得意分野と不得意な分野はあるんですよ。どの店も。それは人が選んでるからですね。


 なので人が変われば店はガラッと変わる。人材流出は書店の大事な部分を大きく棄損します。CCCはもっと改善を待遇したり現場の人を大事にするべきですが、前述したように本屋の利益構造では難しいところもあるのかなとは思います。まあそれは業界全体の課題でしょう。


 話が逸れました。そして「街に開く」の部分。ここはある程度実現できてると思います。行ったことのある人はわかると思いますが、エントランスがいくつもあって、死角も山ほどあって万引きし放題みたいな構造なんですよね。しかもコーヒー持ってふらっと入れる。バカなの? というのが真っ当な感想です


 多分バカなんですよ。でも、だからこそオープンな状態が保てている。ドリンク購入を必須にするわけでも、入場料をとるわけでもなく「ふらっと入ってふらっと出れる書店withコーヒー」を実現した。僕はこの点はポジティブに捉えてます。


 オープン直後と深夜は好きな勤務時間帯でした。早朝に近所の方が散歩中に訪れては立ち読みをし、おじいちゃんが店内のベンチでうとうとしている。深夜24時を過ぎた頃にはかつて六本木ABCに訪れていたであろう人々が真剣に本を選んでる。投資対効果低い時間だけどこの時間に開けている意味は大きい。


 深夜、酔っ払い客が来るんですよ。ドリンクこぼすぐらいならマシで吐瀉物撒き散らす人もいました。「本屋の仕事じゃねえ」と思いながら清掃してましたが。これは極端にしても「困る客」は一定数いるんですよね。


 そうした方をなるべく排除せず、本が汚れないよう、店員が危険に晒されないようにスクリーニングかける工夫は色々やってました。この辺のバランスは店舗で働く方はみな工夫されていることでしょう。ただあの規模で、街の真ん中にある書店として、間口を狭めない方針は評価できます。中は大変でしたが。


 だからまあ、色々意見はあると思いますが、中の人はそんなの一回考えた上でやってるってことですよね。「わかってる。でもやる」です。そうしてやってることには意味があるんですよね。ローソンのPBの件も何でもそうだと思いますが。


 
これ「外野は黙れ」ということじゃないんですよね。外野は好き勝手言うもんです。中の人はそれ以上にもっと好き勝手やれと思います。その方が面白くなるから。


 あ、CCC自体はもっと改善できるところはあると思いますよ。「図書館やめろ」とか「Tポイントやめろ」とか。この話は一時期その店舗で働いていた人間による感想でしかありませんのであしからず。というわけで、そろそろお仕舞いです。長々とお読みくださった方、ありがとうございました。


 ついでに言うと、代官山蔦屋が何か新しい価値観を提示するというフェーズはもう終わっていると思います。良くも悪くも街の本屋として根付き、それを継続させていくのがこれからの役割なんじゃないかと。他にも面白い試みをしている本屋は沢山あります。好きです本屋。今が一番豊か。本屋に行こう。


 あと「ライフスタイル」「セレクト書店」みたいなのにもやっとする人は三品輝起さんの『すべての雑貨』(夏葉社)を読んでください。僕のツイートの5000倍は有益な時間になりますので


『すべての雑貨』
4月21日取次搬入で『すべての雑貨』 という本を刊行いたします。 著者は、西荻窪の雑貨店「FALL」の店主、 三品輝起さんです。 この本がデビュー作となります。 三品さんの素晴らしさをどう説明すればいいのか、 いつも迷うのですが、まず、FALLという店が 素晴らしいのです。 しかし、この本は雑貨の良さを語る本ではありません。 21世紀に入って爆発的に増えた雑貨屋、 さらにいえば、雑貨とはなに...

 続きのようなものを書いています。


 「ライフスタイル」も「カルチャー」もなんというか、しゃらくさいですよね。そう謳われている9割以上のものは空虚なものだと思いますよ。でも一握り(ほんとに一握りだとは思いますが)芯食ったことやってる人たちがいるんです。僕はそういうものは信じたい。本を取り巻く環境や本屋運営にまつわる話は内沼さん(@numabooks )が既に数年前に書いてますし、実戦もされてます。ので、興味ある方は僕の周回遅れの話なんかよりこちらのnote(できれば本を!)お読みください!


【全文公開】これからの本屋読本|内沼晋太郎|note
『これからの本屋読本』(NHK出版)の本文を、すべて無料で公開します。現在、平日毎日ひとつずつ新しい記事を追加中です。ぜひコピペしてSNSやブログ等で引用したり、議論の土台にしたりしてください。これからの本屋が盛り上がっていくきっかけに、少しでもなれば幸いです。もし気に入ってくださったら、紙版や電子書籍版をお買い求めいただけれたらうれしいです。


一本屋の話にこんなにリアクションがあるのに!なぜ!本屋は儲からないんだ!という気持ちです。「オシャレ本屋(笑)」みたいに言及される店ではありましたが、全国にフランチャイズされる店舗のデザインにオシャレもクソもないとは思いますね。「おしゃれ」と「デザインされた」は全然別。余談ですが、デザインされたものを安易に「おしゃれ」とする態度は単なる無思考です。

 百年さんの「「本屋」への愛があったのかというとわからない。本という商材を使ってただ商売をしているという印象の方が強いからだ。そこに行く人、集まる人、出版社も結果それに加担してしまっているように思う」は全く同意です。


 お店の方針には愛を感じない部分もありましたし、結果自分も加担していたとは思います。そこは自分もぬるかったと言うしかありませんね。百年さん、大好きな書店です。みなさん行ってください。

 今は書店ではなく自分で出版社をやっています!『MATSUOKA!』最高なのでご覧ください!

『MATSUOKA!』の購入はこちらから!https://pipe.official.ec/items/20523434
https://twitter.com/nao4200/status/1270249675468140545?s=20

*1:TSUTAYA的なるもの」を現場でまわしていたとおぼしき御仁の体験・見聞談。文面からビミョーに察知される「ああ、そういう人ね」感も含めて、ある意味同時代の「証言」として。

*2:もちろん、自分的にはこういう人、こういう感覚やノリ、肌合いの御仁とは、おそらく相性はかなりよくないだろうことはわかるし、と同時に、こういう感覚やノリ、肌合いの人がたというのが、本屋のみならず出版や広告・宣伝、メディア界隈――まあ、ぶっちゃけ「ギョーカイ」(死語っぽいが)周辺の標準設定みたいにして、「イケてる」自意識もてあましつつ、でも結局似たもの同士の潮だまりに澱んどらすようになっていることが、そうなっていった経緯の概略含めて、これは自分自身の体験・見聞としてもよくわかる。

*3:敢えて太字にした部分、このあたりが「そういうとこや」と感じるポイントだったりするので、これは参考までに。

「昭和天狗」の思い出・メモ

 私が子供の頃は空前の怪獣ブームで、寝ても覚めても怪獣怪獣怪獣という時代だった。だから田舎の百貨店でも毎週のように怪獣ショーが行われていた。しかし権利の問題等でウルトラマンなどの有名どころの怪獣が来ることはほとんどなく、だいたい地元の工務店が創作したオリジナルの怪獣であった。


 我が県の丸新百貨店(もうない)の場合、毎年何回か「昭和天狗対怪獣ダイスケ」のショーが開かれた。昭和天狗がウルトラマンにあたる正義のヒーローであり、その装束は「忍者」であった。


 ダイスケは、ツノの生えたゴリラのような怪獣で、顔が真っ赤に塗られていた(猿だから?)


 ショーはパターン化されており、観客の子供がダイスケにさらわれると、催事場の奥から昭和天狗が

「やぁやぁ現れたな、か〜い〜じゅう〜」

と歌舞伎のエロキューションで登場する。そして昭和天狗がドスのような短剣でダイスケを刺し殺して子供を救出するのだ。


 血糊がいっぱい使用される70年頃のバイオレンスな世相が反映されたグランギニョール的なショーだったが、やはり変身ブームの最中に「昭和天狗」というネーミングと忍者装束は、いかにも古すぎた。(昭和天狗の代わりに、海水パンツを履いた「タイガーマスク」が出てきたこともあったらしいが、私の記憶にはない)


 同窓会などで懐かしい友達に会うと、よくこの「昭和天狗」の話をするのだが、誰もあまりおぼえてないらしい。
「児童公園にウルトラマンやケロヨンが来たのは覚えているが…」と、やはり人気者の記憶は鮮明だ。


「三一十は子供の頃からマイナー志向だったから」と言う人もいるが、違う。


皆、忘れているだけで、昭和天狗はメジャーだったのだ。

 こういう同時代「証言」というのは、Twitter以前からwebの掲示板やブログなどで、気をつけていれば随所で拾うことができたもので、おそらくweb環境以前ならばこのようにカジュアルに「採集」(敢えてこの古めかしくもなつかしいもの言いを使ってみる)できることはなかったろう。

 「子どもだまし」の商売の手癖の習い性にもつながる話ではあるんだろうが、この「怪獣ダイスケ」や「昭和天狗」を考案して現場に投入したその当事者のオトナたちの感覚というのは、「こういうことをこういう具合にやっておけば、とりあえず客(この場合は子ども)は喜ぶものだ」というそれまでの彼らの稼業の実践に裏づけられたルーティンになっていたのだろう。

 彼ら自身、彼らが作って商売にしていたような「子どもだまし」で小さい頃に楽しんだ記憶があるのかどうか、おそらくあったかもしれないけれども、だがそれは彼らが成長して大人になってゆく過程ですでに「子どもの頃のこと」というくくりで処理され、彼らが大人として生きている日常の裡では直接役に立たないものとして処分されていたはずだ。「子どもだまし」を稼業にするようになってはいても、それをその「子どもだまし」によって楽しんだり遊んだり喜んだりするような感覚をその大人としての自分の裡に宿していたかどうか、それは本当に漠然とした予測の範疇でしかないだろう。

 仮に、そのような「子どもだまし」を大人の彼らが大人として喜んだり楽しんだりする感覚がわずかにせよあったとしても、それはそれ以上のものに結晶してゆくことはまずなかっただろうし、もしもそのような契機が宿る余地があったとしたら、彼らはまた別の大人になっていたはずだ。それこそ「童心」だの「子ども心」などといった語彙でそれら楽しむ感覚を新たに対象化する意味づけと共に。

 そのような意味での「他人事」として「子どもだまし」を商売にし、稼業にしてゆくような手癖の人がたが、日銭稼ぎのような零細な経済活動としての仕事にしていた、それがおもちゃに代表されるような「子どもだまし」の稼業の社会的な存在形態だったのだと思う。

 敗戦後の児童文化としての「メンコ」のデザインなどに、それら「子どもだまし」を商売にしていた大人たちの感覚が意図せざる水準も含めてうっかりと表象されている。そのような意味でそれは「民俗」文化と正しく認識すべきなのだが、同時にまたそれは、同じ頃、子ども相手の紙芝居を描くことで生業としていた水木しげるら、底辺の画工たちの仕事にも間違いなく通じている。

 このあたり深入りするととりとめなくなるので寸止めにしておくけれども、ひとつこの場で重要なのは、それら「子どもだまし」の商品は、それを作って商売にしている大人にとってはあくまでも「子ども」という他人事の存在のために、こうやれば子どもが喜ぶのではないか、という当て込みを前提にして作られたものであり、当の大人である彼らがその子どもと同じ当事者意識と感覚とで楽しめるものではなかった、ということだ。それは、戦後の大衆文化研究が、それら大衆文化をそれらの消費者であり顧客である大衆と同じ意識と感覚とで「楽しむ」ことから疎外された者たちによって初めて手がけられていった、というあたりの事情とも関わってくる。
 だからここでうっかり記録されてしまっている「怪獣ダイスケ」も「昭和天狗」も、そのような意味で単なるエピソードというだけでなく、実に趣き深いし、正しく「民俗」資料としての「読み」に耐え得る素材に他ならない。

「人文書」の時代

 実際、1970年代から90年代まで、出版業界は好調で、それは「人文書」という、知的大衆を前提にした、一般人向けの学術的教養書の市場があったことでも証明される。岩波、ちくま、みすずといった良心的出版社や、地方・小出版社も、妙に数が多い知的大衆向けに本を刷って、それで存続していけた時代。


 ところがその後、日本はそういった状況ではなくなってくる。せめて1000部、できれば3000部程度、かならず捌ければ(もちろん、儲けには+αが必要)、大抵の「人文書」の企画はそこそこの定価で成立するのに、それができなくなってくる。


 一方でいま、日本全土に公共図書館が3000館ほどある。3館に1館でも「人文書」や、地方・小出版社のものが買われていれば、実は、なりたっちゃう。

>質が高い本が続々と小さな出版社から出て高質小出版の図書館を作ればいいぢゃん(σ ・∀・)


と思ってスグに、ああ、1980年代に名にし負う浦安市立図書館がやろうとしたことだなぁと思いつく
┐(´д`)┌ヤレヤレ

ちょっと新刊本にアンテナを張っていると、以前では考えられなかったような質が高い本が続々と小さな出版社から出ているのだけど、もちろん近場の中規模程度の書店では買い揃えられるはずもなく、ましてやお洒落な本ではないのでセレクト系の店にも当然置いていないしで、地域経済を回すのって難しい。

 原理的には1冊1冊、その本の良し悪しを吟味して買う、ということに図書館はなっている。一方でそんなこと真面目にやってたら手間がかかるし、何より、地方出版や小出版は、新刊のなかで埋もれてしまう。


 ソコデ…


 特定の地方・小出版の出した本は何でも買うことにしようとしたのだったが、上記画像の『公共図書館の冒険』(みすず書房)には、たった2行しか書いてないが、いまの日本には重要なことだから言っておく。


 浦安市立が、良書が埋もれないできちんと図書館に入るように、特定小出版社を指定して一括購入しようとした。ところがそれに異論を出したのが図書館問題研究会の原理派。本は1冊1冊良し悪しを判断するのが正しい、それに反する、と論難されて、浦安図書館の一括購入(ブランケット・オーダーという)はやめになってしまったのだった。


 しかしこれは、日本出版界の現状から考えて、非常にもったいないことだった。あえていえば、図問研の原理派に、図書館界と出版界の連携の芽がつぶされてしまった、といってよいだろう(´・ω・)ノ


 実は原理派の言い分も、一定の条件下では成り立つ。図書館が買おうが買うまいが、日本出版業界になんらの影響がない場合。たとえば、出版界が好調で、地方・小出版社ですら、図書館購入分なんて、気にもとめないで済むような場合。

大江戸ゴジラ・メモ

*1

大江戸ゴジラ


 戦国時代に南蛮人がやって来てから、日本にゴジラ(全長30m)が上陸するようになった。それは因果関係はなくたまたま偶然だが、人々はそうは捉えずに、南蛮人が連れてきたくらいに思ってる。これが後のキリスト教の禁止につながる。


 当初、諸大名は覇権を争うのと同時に数年に一度、不定期に現れるゴジラ対策にも忙殺されることになる。秀吉の毛利攻めの時には、下関にゴジラが上陸したため、毛利は秀吉と不利な講和を結び、同時期の本能寺の変で秀吉の天下が定まる。


 海外貿易独占で政権の安定を図ろうとした秀吉は海上輸送路の安全のために、大型軍船で海上に進出し、ゴジラ退治に明け暮れるが、これは大失敗で、ゴジラの上陸頻度は増えるし、出費ばかり嵩んでしまう。これが徳川の天下の背景となる。


 徳川幕府は秀吉とは反対に、軍船で打って出るのではなく、海岸線の防備を重視し、毛利や島津などの大名は海岸線防備を命じて、国力の消耗を狙う。ただ譜代大名だけは大型軍船の建造が認められる。


 あるきっかけから、ゴジラは大量のイワシを与えると大人しく海に戻ることがわかり、イワシ漁はゴジラ対策と不可分になる。特別の許可を得た漁師たちが士分に取り立てられ、大型軍船で遠洋のイワシ漁にでかける。


 同時期、アヘン戦争清朝イワシを用いてゴジラを誘導し、イギリス東インド会社の艦隊を全滅。これによりイワシが国際的戦略物資になる。


 こうしてイワシの力は信仰を生み、人々はイワシを拝むようになる。イワシの頭も信心からとはここからきた。


 知っているのか、雷電


*1:こういうのでいいんだよ、こういうので、Twitter

「文化立国」の呪い

 本邦人文社会系(いわゆる「文系」)の増上慢からお花畑(゚∀゚)アヒャヒャヒャヒャに至る経緯、というのもそのへんから胚胎しとるところ、あるような気が。戦前までの人文社会系とは位相が異なるというか、全能感みたいなものを勝手に実装していったような。

 丸山真男だの川島武宣だの(以下随意)から各種有象無象の「文学者」界隈に至るまで、とりあえず「文筆の徒」であるということだけで何か価値のある発言やものの考え方を提示する・できるものだ、的な共同幻想が立ち上がっていった経緯。

 「インテリゲンチャ」というもの言いにしてもあれ、敗戦後の言語空間&情報環境において、それまでと異なる意味あいをはらんでいったフシがどうもあるんだわなぁ……「民衆」とかそういう系のもの言いとも融通無碍に複合していった形で。つまりその他おおぜいの自意識を斜め上に仮託するための「われわれ」として。

老害独語

若い頃、プライベートをかなり犠牲にして残業し、仕事を終わらせてきた。


その結果、残った物はわずかな残業代と、「あいつはまあまあ仕事する」というどうでも良い評価、彼女がいないいい年の男、そして時間を失ってきたことに対する猛烈な虚しさだった。


失ってはじめて大切なものがわかるというが、それが時間だったことに気づくと虚無感が半端じゃない。自分に対して怒りすら覚える。


若い皆さんにはこうなって欲しくない。


女性とでも良いし、好きな勉強でも、遊びでも良い、自分のために使う時間を大切にして欲しい。


時には何もしないことも良いと思う。家族との時間は本当に大切です。時間を有意義に使って、生活を楽しみ、人生を豊かにして欲しい。


働き方はこういうことを念頭において変えていくのが良いと思う。


長時間残業すればできる仕事、無理すればできる仕事は出来ると言ってはいけない


私も含めて上の世代からは、「自分が若い頃は苦労してこうやった」なんて言われるかも知れない。


しかし、自分が苦労したことを次の世代のために変えなかった者の言うことに影響されてはいけない。所謂老害なのだから。


長くなりましたが、これからは個々の時間を確保するための闘いが必要だと思う。時間が原因で大切な人を失ってしまうこともある。


私も本当に微力ながら人を人とも思わなくなっているこの現状を変えたいし、若い皆さんもどうか自分の幸せのために頑張って欲しい。


長々とすみませんでした。