耳で観る芝居、のこと・雑感

 浪曲浪花節が、ある意味「耳で観る芝居」的な受容のされ方していたのと地続きで、戦後の流行歌/歌謡曲の、のちに「演歌」とくくられるようなものが輪郭定まってゆく過程でも、「耳で観る芝居」的要素は案外濃厚に意識されて創られていたようにおも。要検討お題のひとつとして。

 それこそあの「長編歌謡浪曲」なんてまさにそれを反映した惹句だったし、それほどあからさまでなくても、三橋美智也や村田英雄などが無双し始めた頃の楽曲は、いまそういう視点・観点から素朴に聴き返してみるとほんとにそうだし、それは当時同時代の量産型日本映画のたてつけなどとも共通してたかと。


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 そういう聴き手、消費者の側にそういう「耳で聴くことで脳内に心象風景的な引き出しからのイメージと共に複合されて立ち上がる芝居」を普通に構成できるリテラシーが共有されていたんだろう、と。

 で、それはもちろん同時に、同じ当時の生身、同時代の情報環境を生きる主体を介して、文学でもマンガでも映画でもラジオ番組でも、さらには日々の何でもない会話のやりとりにおいてさえも、そのような「脳内に心象風景的な引き出しからのイメージと共に複合されて立ち上がる」何らかの筋書きなり、淡い「おはなし」なり、輪郭未だ定らない何らかのうつろう心象なりを宿らせるようなものだったはずで。

 流行歌でも歌謡曲でも、呼び方は何でもいいが、そういうその頃からはっきりある輪郭を定め始めていたように思える商品音楽、大量生産大量消費を前提にした複製メディアの楽曲群の、たとえばいまいちど「歌詞」にだけ焦点を絞ってみて、それらの「歌詞」が「うた」として耳に響いてゆく際、果してどのようなそれら「脳内に心象風景的な引き出しからのイメージと共に複合されて立ち上がる」芝居でも寸劇でもコントでも何でも、まさに多種多様に日々その瞬間瞬間に立ち上げていったのだろう、そんな例によってのとりとめなくも茫洋とした問いを、本邦日本語を母語とした環境での何らかの考察沙汰がこういう時代のこういう状況だからこそ、立ち止まって「おりる」ことであれこれこころゆくまで、手もと足もとの間尺でちみちみといじっておきたい、そう思うのだ。