昭和15年はほとんど昭和30年である、文化の開明は戦争で中断後退したのである。 pic.twitter.com/2osdAhSHrj
— 𝙏𝙖𝙠𝙖𝙜𝙞 𝙎𝙤𝙩𝙖 (@TakagiSota) 2019年3月10日
正しい。とりあえずは正しい、と言っておかねばならない。
生活史ないしは世相史的な側面から見ると、そして高度経済成長以降の感覚からそのような〈いま・ここ〉の「歴史」を逆さまの一点透視でのぞきこもうとすると、戦前/戦後という区切りはこうならざるを得ない。そしてそれは、かつて鶴見俊輔などのかつての(まだ十分にまともだった頃の)「思想の科学」界隈が提示した「史観」(とは言うてなかったが) でもある。*2
いまみる昭和史の8年以降は戦時一色である、実際は昭和18年くらいまで文化の爛熟は進行していたのだが、戦争に隠蔽されてあまり紹介されることがない、当時の雑誌を読めば戦争バイアスを取り除いた大衆の社会の実際を理解できるだろう、なにもかも戦時一色に塗り潰したのは戦後人である。
図書館の昭和史コーナーは戦争の話ばかりである、こっちは大衆社会史が知りたいのであって出版社のイデオロギーを知りたいのではない、同じことは朝鮮や沖縄の近代史でも同じで政治的な本ばかり並んで辟易である、どれもタイトルを読めば内容は充分で、いったい誰が読みたがっているのか不思議である。
異議はない。このような感覚、このような違和感がずっと以前から、それこそ40年以上も前の右も左もわからない地方出身学生だった頃から確かに宿っていた。その後わけのわからないながらに本を読み散らし、古本含めた活字のドグラマグラに手前勝手にさまよい込むようになってからも、こういう違和感は基本的に変わらないまま自分の身の裡にあり続けていたのだと思う。柳田國男経由で民俗学なんてものにうっかり興味関心抱いたのも、こういう違和感にも何かそれなりの説明がつけられるかも知れない、とどこかで察知していたからでもあるらしい。自分にとっての「学問」沙汰(と呼んでもいいのだとしたら)なんて初手からそんなもの、昨今のような「業績」がどうの「キャリア」がこうのといった世渡り作法と紐つけられてはいなかった、良くも悪くも。
とは言え、このような「史観」が広く説得力を持つようになってきた経緯、というのもすでに歴史的な過程だったりする。逆に言えば、このような「史観」がどうして、そしてどのように異端であり例外的なものの見方としてしかあり得なかったか、という問いが、それがあたりまえに感じられるようになったこういう状況だからこそ必要、ということでもある。ほらみろ、自分がずっと感じてたあの違和感は「正しかった」んだ、といった方向での思い込みをうっかり発動してしまいかねない、その程度にその違和感が前景化可視化されてきているらしいからこそ、そのような留保はしておかねばならない。
前から触れているように、それらの前提にあるのは「戦後」の、高度経済成長介した「豊かさ」の内側からそれを自明のものとして育ってきた世代の意識が社会の中で多数派になってきたこと、それは「都市化」「大衆社会化」によって醸成されてきた生活感覚や意識、気分なども含めた意識せざる解釈格子として、歴史や社会、世の中に対する解釈の仕方を規定してきていること、などに裏打ちされて現前化してきた〈リアル〉である。政治や経済の水準、そしてそれらを解釈してゆく時に自明に設定されてきていた〈知〉の枠組み自体もまた、そのような〈リアル〉の変貌に伴いその内実を変えてゆかざるを得なくなっていった。いわゆるマルクス主義的な図式はそれらの枠組みの主要な骨格になってきていたのだが、当然それもまた図式としての効きを減衰させていった。*3
しかしまあ歴史に遠近法は付き物である、月移り星流れてやがてフラットに是正されていくのであろう、歴史の積み重ねとはイデオロギーの濾過作業に他ならない。
だからこそ、ようやく全面化前景化したかに見えるそれら「史観」自体の出自来歴、難しく言えば「歴史」性にも踏みとどまって気づこうとしておかねばならないのだろう、と強く思う。
「豊かさ」任せの「都市化」「大衆社会化」があたりまえの意識にとって、それ以前の社会や歴史の解釈はあらかじめ「異物」としてしか存在しなくなっている。ムラもイエも、それら「現実」を下支えしている仕組みの説明としてかつて確かに〈リアル〉だったかも知れない政治や経済なども、自分自身の生まれ育ってきた中で宿っている〈いま・ここ〉という感覚とはすでに地続きではなくなっている。それこそゲームやアニメ、ファンタジーの類のような創作物と同じ「おはなし」として、それら「少し前までの(と言われている)社会」は、今ある自分とは切断されている。そういう感覚や意識を介したある種の失地回復、地続きの〈リアル〉へのレコンキスタの必然として、それらいまどきの「史観」の主張は確かに身にしみるものになってきているらしい。
とは言え、それもやはり時代の子、たまたまそのような時代状況や情報環境との関数において〈リアル〉に寄与するようになった「だけのこと」ではあるだろう。戦前の都市部中間層の〈リアル〉、大衆文化やそれに伴う消費文化、それらに宿っていた個々の意匠や「細部」の具体などにことさら意識が合焦、熱っぽく語られるようになってきていること自体が、いまある〈リアル〉のバイアスでもある、という立ち止まり方は、しかしその〈リアル〉という感覚の興奮や心地よさなどによって忘れられがちにもなるものらしい。
それらいまどきの〈リアル〉に依拠すること自体が悪いのではない。楽しいこと、興味を持ったこと、それまで意識しなかった〈いま・ここ〉との地続きの歴史なり来歴なりを「発見」して素朴に興奮し、愉快に身を任せることはひとまず「正しい」。そう、それは「正しい」のだ。ただ、だからこそ、その〈リアル〉が切実でかけがえのないものと感じているならなおのこと、それを足場に同時に、かつてある時期までそれなりに〈リアル〉の前提になっていたらしい歴史や社会の見方、解釈の枠組みによって立ち上がっていた現実についても、同じように〈いま・ここ〉から合焦しようとしておく必要がある。誰のだめにでもなく、そういう〈リアル〉を抱いてしまっている自分自身のために。
いまは確かに前景化している都市部中間層的な、モダニズム上等な生活文化の諸相からは疎外されていたある時期までのムラやイエ、かつての政治や経済 (そしてそれ前提で成りたっているとされてもいた文学や芸術なども含めて) に捕捉されていた「もうひとつの〈リアル〉」の存在について、同時に穏当に眼をくばっておこうとすること、その程度の留保もできないようでは、いまあるその〈リアル〉もまた、次の時代の〈リアル〉によって「なかったことにされる」しかないだろう。*4
*1:懸案のお題「もうひとつの歴史修正」関連。同時に「歴史認識」の問題でもあるわけだが。
*2:その下地には南博らの「大正文化」の再評価があったりするのだが、そしてそれは政治経済の水準から歴史や社会を解釈しようとする本邦近代の、殊にマルクス主義的歴史観社会観の図式的理解とそれを唯々諾々と受容してきた〈知〉のモードに対する素朴な批判の足場になってたりするのだが、そのへん含めてそれはまた別途。
*3:90年代に改めて大衆化した「歴史認識」問題というのもそのような意味で、〈リアル〉の変貌に伴う必然的なあらわれだったわけで、すでに一般名詞化したかにも見えるかの「ネトウヨ」にしても、そのような背景と共に尖鋭化した使い回しがされてきたもの言いなのだと思う。
*4:いまどきの人文社会系界隈の若い衆世代の仕事を見渡す機会もとんと少なくなったけれども、何かの機会でそれらに接することがあると、まるで号令か呪文でもかけられているかのようにそれら戦前の都市部のモダニズム、消費文化、生活史的なお題で取り組んでいるものが多くなっているのに素直にびっくりする。しかも、かつてのマルクス主義的な図式にとってかわったかのように、ジェンダー論やフェミニズム系の図式やグローバリズム的な定型に性急に、あらかじめの結論ありきなマジメなけたたましさで落とし込んでゆくようなものが「評価される」≒「正しい」になっているらしい。お題自体は悪くないし、眼のつけどころ自体も面白いのだけれども、それを本当にゆっくり味わってしゃぶりつくしてゆくだけの下ごしらえから調理の仕方、味つけなども含めた「おいしい食べ方」に気づいていない、あるいはそのように教わっていないのかも知れないが。