80年代、のこと・メモ

 身軽になってゆくことが必要だろうなあ、と思うようになった。

 たとえば、まず本。古本道楽の雑書蒐集もそろそろ年季を明けないことには、50代にさしかかる昨今、向こう10年で取りこぼした仕事を形にすることも覚束なくなる。

 いつか何か役に立つだろう、という嗅覚一発で、財布の許す限り手を出してきた雑書の類、

 民俗学者の通俗さに中毒させられた、というところがある。それはどこかで「教師」「教員」の文化と濃厚に重なり合い、おそらくそれ以前の民俗学者たちとは別の臭みを帯びていたのだと思う。

 政治的な背景についても言及しているのを聞いたことはない。宮田登フェビアン協会のシンパだった、ということを耳にした時も、へえ、というくらい意外な感じだった。ということは民社党系か、くらいの理解なのだから偉そうにはいえないが、それでも、たとえば社会学の界隈では代々木か否かで就職が左右される、といったことが半ば公然と口にされていたし、歴史学にしたところで言わずもがな、そういう「戦後」のインテリ文化、知識人にとっての当たり前、のあれやこれやから、こと民俗学者というのはかなり縁遠いところにいる存在だった。

 すでに政治の季節は遠くなっていた。政治にまつわるもの言いをふりまわすことはあったにせよ、それが骨がらみ、おのが身の上に根深くからまっている自覚は当然、薄かった。ネタとしての政治、キャラとしてのそういうインテリぶり、を十分に自覚した上でふりまわす、それが蔓延し始めていた。