トランプの演説話法とその芸能性・メモ

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 トランプ大統領の「演説」含めた「政治」の身ぶりは「芸能」としての脈絡含めて考えないと判断誤るだろうな、というのは就任以前、選挙戦当時からずっと感じていることで、さすがに近頃はそのへんの呼吸をだいぶ呑み込んでの論評なども表のメディアでもちらほら出始めてきてはいるものの、それでもまだその意味や意義についてはいまひとつ腑に落ちていないように思える、少なくとも本邦日本語環境における「わかる」の水準としては。
 そういう意味で、Twitterでのこのような翻訳&解説が草莽有志によってされてゆくことはとてもありがたく、かつまた備忘としても有益だと感じている。

 「そして安倍総理大臣だ。我々は貿易問題について交渉をしているところだ。あらゆる国が長年に亘って我々を食い物にして来たからね。私はこの総理大臣が本当に好きだ。私の友人の一人だよ。だが私は言った。『総理大臣、我々は何十年もの間やらなければならない事を忘れてきたよね』とね。我々アメリカは何十億ドルも何十億ドルもの金を中国、日本、インド、その他の国々に対して失ってきたからね。我々はこれ以上負け続ける訳にはいかない。それで私は言ったんだ。『聞いてくれ。我々にはやらなければならない事がある』とね」


「最近の4年か5年だけでも1年あたり680億ドルもの貿易損失がある。だから我々は交渉をやり直してる。私は彼(安倍総理)はフェアにやってくれるだろうと思ってる。彼はフェアにやってくれるだろう(I think he’ll be fair、と2回言った)。ところで彼は交渉を始めるに当たって『我々は新しい自動車工場建設の為に既にアメリカ合衆国に400億ドルを投資した』と言うんだよ。そしてトヨタが140億ドルを持ってやって来る、とね。沢山の会社がやって来るんだ(聞き取れず)。ざっくり言って彼らはミシガンにやって来る。オハイオにも戻りたがっている。ペンシルバニア、ノース・カロライナ、サウス・カロライナ、フロリダ、そしてここウィスコンシンという名前の特別な場所にもね。(大歓声)


(7’47”)
「彼らはごく短期間のうちに投資を始めるだろう。それは既に400億ドルで始まっている。400億ドルだよ。そしてそれはもっと大きいものになるだろうね。ウィスコンシンの家族貧困率はこの22年でもっとも良い数字になったんだ」


(18’11”)=各国との公正な貿易を実現するポリシーについて縷々説明した後……


「それは大いなる貿易取引になるだろう。そして我々は中国との取引においてそれが実現間近なところにいる。だが実現可能かどうかは判らない(次の言葉何言ってるか判らない)。私は友人の習近平主席に言ったんだ。『聞いてくれ。これはお互いにとって良い取引とはなり得ない。我々は長年、中国に対して1年あたり5000億ドルもの損失を出しているんだ』とね。(18’37”)


「我々は中国を再建した(※注:今日の中国の発展はアメリカが金を払い続けたから、の意)。我々は彼らにとても多くのものを与えた。金の流出を抑えたいんだ。人々はそれを黒字と言ったり赤字と言ったりするが、何と呼ぼうが要するに我々は現金(cash)を失ってるんだ。現金が出てってるんだよ。我々は中国に年間5000億ドルも与えている。一体どうしたらこんな事が出来る?」


(18’54”)
 今日、安倍総理大臣は私にこう言った。
「大統領、今まで貴国の人間でこんな風に話をした人は誰もいなかった」とね。(大歓声) 大丈夫だ、彼はフレンドリーにそう言ったんだ。(大声で) 彼はフレンドリーにそう言ったんだ。彼はオレの友人だ。だが彼は『アメリカの誰も、どの大統領もこんな事を言った人はいなかった』と言った。誰もこの事を話題にすらしなかったんだ。我々は1年に7540億ドルの金を失ってる。例えば日本は我々に自動車を売ってる。その車は関税なしで我が国に入ってくるんだ。だが日本は我々の車を買わない。つまり(日本の)自動車には原則として2.5%の関税をかけられて我が国に入っているが原則としては税金無しだ(注:言葉に矛盾あり。無しも同然、と言いたいのか?)。そして農業!日本は農作物は要らんと。我々は農作物を売りたい、それで彼らは自動車を売りたいと。我々は実質何も売るものがないんだよ。こうして沢山の国々との膨大な貿易不均衡が起こるのさ。現在は中国が最大。中国との間には少なく見積もっても年間3750億ドルの赤字がある。これについて考えてくれよ?」
(訳おわり)


 このラリーは安倍総理トランプ大統領の会談の直後に行われました。むしろウィスコンシンの聴衆の前で「アービィ(安倍)が既に400億ドルの投資を始めた」とトヨタ自動車ではなく安倍総理の決断に聞こえるように言っている事の方が驚きです。これを聞いたウィスコンシンの人々は、

 「そうか、日本のアービィ(安倍総理の事ですw)はウチの大統領のマブダチで日本から400億ドルも引っ張って来て自動車工場を建ててくれるんか。悪い奴じゃ無さそうだな」

と、どう転んでも悪感情は持たないでしょう(この日の聴衆の多分70%くらいは初めて『アービィ・安倍』の名前を知ったと思われますww)。


 あらためてこのラリー前半の流れを見てみるとそこにはプロレス顔負けの様式美を発見することが出来ます。

 (1) 安倍総理はいい奴だ。オレの友達だ。さっきまでゴルフしとった。
 (2) だがオレはアメリカの大統領。
   いくらマブダチでもアメリカの利益の為には米日間の貿易不平等について安倍に苦言を呈さねばならんのだ。
   オレはアメリカ・ファーストの男だからな。
 (3) するとどうだ、安倍はすかさずそこで「大統領、アッシらは既に400億ドルの投資を実行しやした。
   それだけじゃねえ、さらなる追加投資も現時点で140億ドルを予定してるんでさあ」って言うじゃないか…
 (4) 野郎ども喜べ、アービィ安倍がお前たちの食い扶持を提供してくれる事が決まったぜ。それも最新の巨大自動車工場よ!
   (ここで野郎ども、ウォーッ!と大歓喜)
 (5) だがオレはそれでも貿易不平等について言わなければならん事はしっかり言うたった…
 (6) そしたらどうだ、最後にアービィがこう言うのよ。
   「トランプ大統領にゃかなわねえなあ。今までアメリカ組の大統領衆、若頭衆でここまで理詰めで攻めてくるお方はついぞいやせんでしたぜ」ってな。(ここで野郎ども、ウォーッ!と大歓喜)…
 (7) 大丈夫だ大丈夫だ。オレはアービィと喧嘩した訳じゃねえ。奴は友好的だった。ただ奴がオレ様にシャッポ脱いだ、ってだけの話さ。

……と、こういうストーリー仕立てになっています。ちゃんと「トランプ大統領の手柄を」明示すると共に「日本の安倍もやる事はやってて前向きな奴だ」、というストーリーになってます。更に言うならばトヨタが投資決断した時期と、トランプ大統領が各国の貿易不均衡に本腰を入れ出した時期は必ずしも上記のプロレス的ストーリーとの整合性が実は無いかも知れないのです。優秀なスピーチライターですね。誰か知らんけど。


 このネタは今後トランプ・ラリーの行く先々でウィスコンシンの地名をノース・カロライナやサウス・カロライナ等と入れ替えて使い回される可能性があります(MAGAラリーを見ているとそういうネタの使い回しというか有効利用はよくありますw)。…


 印象に残ったのはビデオの18’54”のトランプ大統領の、


「アービィが言うんだ『大統領、今まで貴国の人間でこんな風に話をした人は他に誰もいやせんでした』ってな」


という部分。このトランプ発言の後で観衆が思いのほか大歓声を上げるんです。「ああ、ひょっとしたらこれが『取り残された人々』の本音かな」と思いました。これは「トランプ大統領がオレ達の思いを初めてガツンと言ってくれた」と言う「歴代政権に放置されて来た人々」の喜びの声なのかなと、トランプ大統領はこういう人々を支持者として掘り起こして来たんだなと感じました。

 勿論トヨタアメリカに大規模投資をするという事は日本国内への投資がその分減るという事を意味しますので喜んでいる場合ではない、という面があります。でも個人的には「それでもこれ位の被害で済んだら上出来じゃないか」と思います。


 お隣の中国は今、アメリカから重大な決定を迫られております。外側から観察する限りアメリカは中国に全然優しくない。むしろ苛烈である。そして中国はここで判断を謝ったら共産党政府がひっくり返る位の大激震になる事が予想されます。韓国も私の見る限り、米国からの要求が目を剥く様なものになる可能性があります。米国は韓国に全く優しくない。これも大激震。…

安倍総理で良かったなあ」

というのが私の素直な感想です。


 以上、長くなったので本ラリーの他の面白いところのご紹介は以下、ごく手短に。

 ・民主党の大統領候補達を散々バカにしていました(9’11”)
 ・この日、天気予報は「雪の嵐(snow storm)」だと言っていたらしい。「キャンセルする必要があるかも」と言うスタッフに対してトランプ大統領は、「お前、頭おかしいのか?そんな事が出来るかバーロー!支持者達は24時間も32時間も立って待っててくれてるんだぞ」と強行した。そしたら雪嵐は来なかったらしい…
 ・そこで大統領いわく「物事を最悪に考えるのはだな、天気予報官と(プレスを指さしながら)政治評論家達と決まってるんだよ!
  (観衆大喝采)」(10’10”以降しばらく)
 ・「(会場の)オーナーはいるか?どこにいる。今日の観衆6万9,000人は新記録か?イエス?そうか有難う。
  彼は『はい、そうです』と言ってくれた。こういうのは危険なんだよ。もし答えが「いいえ、違います」だったらオレは憤死よ。
  (プレス席を指差して)あいつらがこの「ノー」の答えを取り上げて明日のニュースのヘッドラインにするんだ。
  有難うオーナー。君はオレを救ってくれた。これは新記録だ。我々はあらゆる場所で新記録を作る。
  だがその理由はオレじゃないんだ。これはこの国の歴史において誰も見たことが無い大きなムーブメントなんだよ」
  (12’56”あたり。良いこと言ってます。感心)
 ・「我々は30,000ページにも及ぶ仕事の障害となる規制をカットした。またこの国始まって以来の税金カット・パッケージを提供した」って言ってます。続く話が興味深くて、アメリカの農家、畜産業(牧場)の人々は相続に悩んでいるらしいんです。知らなんだ。税率45%から55%くらいの話らしい。そのため、息子たちが税金支払いに困って仕方なく農場、牧場を手放すという事が頻繁にあったとの事。そしたら大統領が「そんな悪法は撤廃だ。相続税はゼロだ!」と言います(41’11”)。この辺りの前後、そういう境遇にあると思われる人々の真剣な眼差し、発表後の歓声が印象的です。でもゼロにしちゃって税収はダイジョブなんでしょうかね?
 この「相続税ゼロ」の話に至る前に大統領が非常に真面目な顔で相続の話をしていて、「やがてお迎えが来て天国に昇ったら自分の農場や牧場を息子たち」に「譲りたいと思ってる」と言うと思ったら「息子達なんかに牧場を残してやるもんかバカヤローとか思ってる奴は挙手しろ!」とか言い出して会場は大爆笑です。その後に前述の真面目な話をするもんだから効果抜群です。(40’07”あたり)
 ・(1h06’10”あたり)若手保守論客、チャーリー・カークが紹介されている(25歳)。話の文脈からして本日の会場に若者を沢山連れてきたらしい。”For those of you who think that youth is a door to our side. Just look at this audience tonight. Look at what Charlie has done!”なんてトランプは言ってますね。民主党が不法移民出身の若者を民主党支持者に育て上げようと画策している様子ですから共和党にとっても若者支持者を増やす事は急務です。

 更に長くなったのでここまでとしますが気になった点としては、

 ・アメリカのハードコア保守層に対する大統領の気持ちを隠さなくなった…
  → 今までも隠していた訳ではないが先日のNRA年次総会でのスピーチと言い、それが強くなった気がする

 ・気持ちの余裕が出てきたように見えるがそれが良いことなのか否かが判らない
  →モラー・レポートの「ノー・コリュージョン、ノー・オブストラクション」の結果を受けてか大統領の言動から「追い詰められた感」が減った気がした。あの「追い詰められた感」、「やられてたまるか感」は大統領の言動に緊張感をもたらしていたと思う。ところが今回のラリーではそういう緊張感が薄らいだ様に感じた。勿論良いことかも知れないが、大統領の性格を考えるとこの気持の弛緩が失言、暴言、判断ミスにつながらなければ良いが、と不安になった。

 尚、トランプ・ラリーの最後を締めくくる様式美は1h24’31”から楽しめます。最後の”We will make America GREAT again!”での大統領の声と大観衆の唱和がどれくらいパワフルでシンクロしているかがそのラリー成功度合いの証明となります!今回は90点です!


 そうそう、"MAGA Country"、マガ・カントリーという言葉を覚えておいて下さい。元々はシカゴの三流役者(トランプの弁w)ジャシー・スモレットが「マガ・カントリーの奴等に襲われた」と狂言を行った時に使われた言葉ですがどうも今後頻繁に使われるかも知れないです。

 トランプのアメリカ。最も可能性の大きなところでの「芸能」とそれを介して駆動される「おはなし」が否応なく、善し悪しともかく現実に輪郭を与えてゆき、そしてそれがその他おおぜいにとっての〈リアル〉の編成に向かってゆくからくりが、これまで以上にわかりやすくアメリカ以外の「世界」に向かって示されつつあるらしい現在。
 同じく、彼の国の「芸能」の間尺で表現されている、そしておそらく確実にある程度の〈リアル〉を下支えもしているらしい「アメリカ」についても、またこんな具合に。

Lynyrd Skynyrd - That Ain't My America (LYRICS)