上昇婚、のワヤ

ヤヤネヒロコ⚡️南ニ30b on Twitter: "上昇婚論の本質、「女が選ぶ側なのは薄々察してるけど基準がはっきりしないからイライラする」なのではという気がしてきた。" *1

 数年前に岡田斗司夫氏が言っていたのですが、氏の知り合いの女性編集者、口々に「普通の男でいいんだけど」と言うんだけど、実のところ「それなりの定職についていて、身ぎれいで、友達に紹介出来て…」という、総合すると「割とイイめの男」ということをかなり突っ込まないと認めないという話が。


 オールCみたいな野球選手、本当にいたら年俸2億は固い(断言)。「イライラする」みたいな表現はかなりわかって、「お前ら正直に条件を言え、フェミニズムの教説は禁止な」みたいなイラッとする感覚はこの手の議論では割と何回も思ったことがあり。


 なにがしたいのか言語化できてないとそら失敗するわな、というね。フワッとした「よきコト」志向を満たすにはあなたの要求は過大すぎる的な。家族共同体もひとつの小さい社会なのだから、社会の構築にあたっては「社会(家庭)を構築して成員が享受できる利益を最大化する」が至上命題の筈なんですが。


 威岡が一番イラッとするくだりとして、「フェミニストの言う「人間として尊重」とかいうロマンティシズム」みたいな部分があり。お前左翼もフェミニストも向いてないから名乗るのやめろと。羊頭狗肉もええところやないかと。


「そら(ああなったら)そう(なる)よ」は男女関係ないはずなんですよ本来。というかこみいった問題を分節して誰にでもわかるようにしたのが近代以降の啓蒙なり論理なりの最大の成果というか役割ではなかったか。 #松本人志もといデカルトは偉大

 オンナの人のマッチング願望or希望ってのは、確かにその基準が、当人がたが思うとらすよりも実はずっと明確でない、というのはあるような気がする。つまり、具体的に言語化されていない、という意味なんだけれども。

 かつて言われた「三高」(高学歴、高収入、高身長、だっけか)なんてのも、単に「スペック」以上でも以下でもないわけで、それはオトコの側からすれば、カラダのスリーサイズや身長体重、体型や髪型といった「スペック」だけでオンナのコを選ぼうとするのと基本、大差ないわけで、そういう意味じゃ確かに男女平等、変わりはないんだな、ということになる。

 ここで言われている「普通の人でいいんだけど」というもの言いの内実については、おそらくだけれども、その言うとらす本人もその「普通」の中身について具体的なイメージを持てていなくて、だから何も具体的な言葉として表現する方向にも向かっていない、ということなんだろうな。突っ込んだところで「それなりの定職についていて、身ぎれいで、友だちに紹介できて……」といった表現しか出てこないというあたりがもう、何をか言わんや、対社会的、いや世間的かな、いずれそういう文脈での「スペック」化したものさししか持っていないということがうっかり露わになっちまっとるわけで。

 難儀だなぁ、と思うのは、そういう「スペック」化したものさししか出てこない「にも関わらず」、同時に、いやだからこそなのかも知れんが、「自分をわかってくれる」「いまのまま受け入れてくれる」的な本質的な願望もまたこってりと根深く抱え込んでいるらしい、その併せ技具合なのもまた言わずもがな、なのだからして。

 自分のココロや内面、キモチといった領域と、それを自分以外の他者(文字通りの、だ)との「関係」においてどう意味づけ、わかってゆくのか、という過程がうまく想定しない、できないまま、眼前に生身の個体だけを先走ってつんのめってイメージしようとするから、そりゃ「スペック」化したものさししか出てこなくなるのはある意味、必然的なんだと思うんだが。

 ああ、そう言えば、この元の歌詞と訳詞との間の、ほぼほぼ絶望的な距離なんかについてもまた、このあたりの難儀と関係してくるんだろうなぁ、とかいろいろと。
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 シンディ姐さんのこれは1983年……つまりもう36年も前なんだが。
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*1:Twitterの仕様変更なのか、それともツイ主が消してしまっているのか、もとのtweetにリンク張っておいてもそのtweetがなくなっていることがここにきて増えてきとるような……このNOTEもその時その場であげるのでなく一旦「下書き」にストックして、それに手を入れたり整えたりしてタイミングを見て、あるいはその時に応じてあげるようにしているのだが、まただからアップしている順も時系列通りというわけでもないのだが、そういう手もとでの調整や按配みたいなことができにくくなってきているのだとしたら、またいろいろ手立てを考えにゃならんのかなぁ、とかいろいろと。……191212