震災10年、ジャーナリズムの劣化・メモ

 近年、ジャーナリズムが負けっぱなしなのは、


1) 直近の記事を即日で検証する野生のプロや暇人が、SNSなどで有機的に連携してるから


2) 読者の側に混じる「野生のプロ」に知恵を付けられた読者の求める「情報の精度と深度」が大きくなり、門外漢の著者個人の調査能力の手に余るようになったから


3) 読者の「有料報道」離れが進んだ結果、「それでも居残って買い支えてくれる購読者」が、居残り続けてくれるようなくすぐり記事、購読読者の先見性や賢さを讃えるような記事、非読者の暗愚を詰り購読読者を持ち上げる記事構成を増やさなければならなくなったから


5) 速報性でネットニュース、さらにはSNSの風聞に勝てないから


6) 一人の記者の現場百遍より、不特定多数の素人が常時スマホを携帯して持ち歩き、あらゆる場所、あらゆる事件に居合わせることのほうが、「情報収集力」が高く、居合わせた素人は自分でSNSに発信してしまうから


7) ジャーナリズムの強みは「地道な裏取り」のはずが、それも「読者側にいる野生のプロと暇人の有機的連携」に負けてしまう。データ化されていない「独自文書」「証言」とかはまだリーチがあるけど、運用が恣意的に過ぎる


 そして、


8) 読者が「判定」「幟色鮮明」などの判断を強いられる【論点】が、大量に出回りすぎた結果、読者が飽きる早さが取材して記事を並べる速度を大幅に追い越しているから。丁寧な取材が出揃った頃には、読者はその話題に飽きている


9) 見出し詐欺が増えたから。これはWeb有料記事の不誠実とも言い換えができるけど、見出しだけを見るとミスリードされ、有料記事の最後のパラグラフの結論と見出しが一致しないなどが増えた。結果、「騙された」という悪印象だけが残る


 これもうこの10年間何度も書いてきた気がするけど、ジャーナリズムが負けたのはSNSを含むインフラの発達は看過できないとは思う。
その上で、


「読者がジャーナリズムを疑うことが簡単になった」
「減り続ける読者を囲い込むために、商業ジャーナリズムはカルトと同じ手法を選ばざるを得なくなった」
「自称フリージャーナリストの下品」
「大手勤めの社員ジャーナリストと自称フリージャーナリストの質に大差ないことがバレた」