北限の、とあるオシラサマのこと

 深夜なので私の地元にいたオシラサマを拝む老女の話を。


 晩に話したオシラサマの北限は今は青森県だが、その向こうの北海道渡島半島にも昔はオシラサマを祀った家があった。私の生まれる前の話だが、昭和末まで私の地元の寒村にはいわゆる地域の宗教者のような存在でオシラサマを拝む老女がいた。


 彼女は目が弱かったが、いわゆる東北のイタコのような存在で、オシラサマに訊いて集落の人の家相を診たり、生まれてくる子供の性格や育て方をよく指導していたという。家の神棚に真っ白な布で巻かれたオシラサマがあったときいたが、信仰の末端部だったためかいろいろごちゃまぜな祀り方をしていた。


 私の父はそういう神様を信じるようで信じていない人で、その老婆のことも内心馬鹿にしていたそうだが、ある時この人に会う機会があり「まあ鰯の頭もとかいうし」と仕事上の悩みを訊いてみると、「そんなもんあんたの家の神棚を南向きにするだけでいいよ。そしたら上手くいくから」と言われたらしい。


 実際当時の我が家の神棚は東を向いていたらしく、「家にあげたこともないのになんであのババア知ってんだ」とか思いつつ神棚を南向きに改めた。まあすると気のもちようなのかなんなのかその仕事上の対人関係的な悩みもひと月もしないうちに解決したとかで、「やるじゃんあのババア」と思ったらしい。


 後からお礼に酒と礼金でも持って行こうとその老婆の自宅に向かうと、「お礼なら酒と水だけでいい」とお金は頑として受け取らず、神棚のオシラサマを拝むように言ったと父は昔私に教えてくれた。その老婆は本当に力のある人だったらしく、今も私の地元にはその人に助けてもらった人が複数いる。


 因果関係は分からないが、「自分の家の柱にイタズラして傷つけたのを怒られた」とか「家の神棚の奥に昔のお札貼ったままなの指摘されて後から見に行ったら本当にそうだった」みたいな他人にはわかりようがない情報をとにかく言い当ててきたとよく聞いた。昔はそういう人が本当にいたんだなあと。


 まあ怖い話でもなんでもないが、そういう不思議な力をもった謎の老婆が頼み信じていた神様が北限のオシラサマであったというのが、私がオシラサマに興味がある一番の理由でもある。そして、そんな北のオシラサマは知る限りでは平成中頃に姿を消した。老婆も年号が平成になった頃には亡くなったという。


 この老婆が頼んだオシラサマが一体どこからもたらされたものか、地元で何軒かオシラサマを祀っていた家が東北から来たのかはわからない。でも、そういう「土着の宗教者」というのが存在し、またコミュニティの中で必要とされた時代や文化というのも確かにあったんだという事実は私の頭に強くある。


 ともかくこの老婆の祀り方は聞く限りではけっこうむちゃくちゃで、オシラサマのほかにお稲荷さんも家の中に一緒にあったとか聞いた。弱視ではあっても昼間はギリギリ見えるそうで、家の前の道路を杖突きながら歩いてるの見たことあるとか姉にも聞いた。北の海辺の寒村の、昭和の終わり頃の話である。