「消費者の横暴」ようやく?

 「消費者の横暴」といった言い方で、戦後の「豊かさ」が醸成していった「市民」意識が、同時に「消費者」意識の暴走につながり、それは〈おんな・こども〉(社会的主体でない/なりきれない「市民」意識)の独裁の様相を呈していった、と長年言うてきたこと、ここにきてようやく通じるようになったかな。

 「おキモチ原理主義」もそうだが、ただ、自分的に面白いというか興味深いのは、「お気持ち」「感情論」的な言い方で自分の中の無自覚な「おキモチ原理主義」をブーストしているような人がたがここにきて可視化されてきていること。

 そういう「お気持ち」「感情論」という語彙の使われ方からすると、自分(たち)の「意見」「提言」はそんな「感情論」でない「論理的」なもので、耳障りな少数異見(と思っている)かもしれないが大事なこと、必要な提言を「敢えて」しているのだ、的な正義感が前提に共有されているらしく。