竹中平蔵の功罪・メモ


 なんつーか竹中平蔵サンって、いまだに失われた30年の元凶のように叩かれてるけど、彼がやったのはむしろ逆で、彼が小泉内閣バブル崩壊負の遺産である銀行の不良債権を解決したから、のちのアベノミクスを経て今の株高があるワケで。あの時、改革を断行しなかったら日本はもっと沈んでたっつーの。


 つーか諸悪の根源は、バブル時代にメディアが「格差がー!」と世論を煽り、それに乗せられた日銀三重野総裁が「平成の鬼平」と呼ばれバブルを叩き潰したから。グリーンスパン曰く「日本の失敗はバブルを潰しすぎたこと」。そもそもバブルは自然としぼむものなのに、過度に叩いて日本経済はガタガタに。


 あと、なぜか竹中サンがハケン政策の推進者みたいにも言われるけど、そもそも彼は小泉内閣の経済財政政策と金融担当大臣。ハケンを扱う厚労大臣じゃない。ちなみにハケン業自体は中曽根内閣で土光臨調の提言を受けて85年に誕生。最初は業種制限があったが、この規制を外したのが99年の小渕内閣だった。


 それと、まるでハケンが悪い制度のようにも言われるけど、一番悪いのは景気が悪化してもレイオフできず、ゆえに景気回復後も先を恐れて採用を控え、就職氷河期を作った日本の終身雇用なんだよね。そこが景気の変動に合わせて雇用調整する欧米と違う。それで日本企業は景気の緩衝材をハケンに頼ったと。


 つまり、失われた30年でハケンが増えたのは、雇用の流動性の低い日本で、雇用の調整弁として機能した結果。もしハケン制度がなければ、日本の労働市場は膠着状態になり、日本経済はもっと最悪になってたワケで。ただ、ハケンはあくまで日本が欧米並みの雇用の流動性社会に移行するまでの過渡期のもの。


 よーするにハケン制度と竹中サンは関係ない。彼がパソナの会長に就くのは、国会議員を辞めたあと。それに彼の持論は同一労働同一賃金。欧米並みに正規と非正規の垣根をなくし、雇用の流動性に移行せよと説いてる。いずれにせよ、叩きやすい人を叩いて溜飲を下げるのはイジメと同じ。そろそろやめない?


 そもそも失われた30年の原因の半分はバブルを叩き潰した副作用だけど、あとの半分は世界の国々がどこも体験する「人口ボーナスの30年」が、奇しくも日本は昭和と共に終わったから(1960年〜90年)。つまり平成以降は、昭和のビジネスモデル=終身雇用からの転換が必要だったのに、それを怠った結果。


 それが、令和の今になって、ようやく雇用の流動性社会に移行しようという話に。30年遅かったけど、やらないよりはいい。ちなみにプロ野球は1980年代に1億円プレイヤーが2人しかいなかったけど、93年にFA制度ができて以降増え続け、今じゃ100人以上。雇用の流動が給料を上げるのは市場原理。そゆこと。


 ただ、それには日本の企業内労組を欧米の業界横断型ユニオンに変える必要も。日本の労組は雇用を守る代わりに低賃金や転勤を受け入れてきたけど、ユニオンは業界全体を見て、企業と労働者のマッチングを考える。日本の労組は退職したら離れるけど、欧米のユニオンは退職者にも手を差し伸べる。この差。


 〜以上、ネットの竹中サン叩きがあまりに異常なので、バブル崩壊以降の失われた30年の本当の原因と、その解決策を述べました。いい加減、生け贄を作って、叩いて溜飲を下げる社会から抜けましょうよ。未来を見て、どうしたら面白い日本になるか、子供たちが楽しく生きられる世の中になるか。ここから。


 一点補足。小泉内閣が財政を引き締め、公的資金を市場に投じなかったのが就職氷河期を加速させたとも言われるけど、竹中大臣の銀行の不良債権処理は、国のお金を民間の銀行に注入すること。当然世論は反発した。だから小泉総理は身を切る改革と自ら徹底して無駄を排除。あの時はそうするしかなかった。

 竹中平蔵についての毀誉褒貶は、それ自体、本邦世間のその他おおぜい気分の底流を測候しておこうとする際の、いい観測地点になるだろうと、割とずっと思ってはいる。

 この一連のtweetは、そんな中でも竹中の功罪の「功」の部分に重心をかけて、「穏当に」評価しようとしたものとは言えよう。その意味で、もちろんこれは世間一般その他おおぜいの気分を逆撫ですることをあらかじめ想定してのもののはずだし、また、それゆえに「正しさ」を逆張り的に強調する効果もあてこまれていたはずではある。

 竹中平蔵という御仁、「官から民へ」の小泉改革の、ある意味わかりやすいアイコン的に意味づけられてしまった部分は、確かにあると思う。特に、小泉政権で働いた時期のあと、〈そこから先〉の過程でみるみるうちにそうなって/させられていったということが、ひとつポイントになってくるのかもしれない。

 ここで開陳されている竹中評がどこまで穏当で、また正鵠を射たものなのか、専門的な知見も何も乏しいその他おおぜい同じハコゆえ、確かなことは言えないし、差し控えるしかないのだが、ただ、ここ20年ばかりの間で、竹中平蔵がどうしてこうまで諸悪の根源、本邦経済をガタガタにしてしまった「失われた30年」のA級戦犯の重要なひとり、的にさせられてきたのか、ということについては、たとえここで延べられているような評価に十分な正当性があり、また経済学なり財政学なり何なり、いずれそれら学問的な専門的知見からしても耳傾けるに足る内容のものであったとしても、それでもなお、なのだ。「叩いて溜飲を下げる」「生け贄」になってしまったことそれ自体にもまた、別の〈リアル〉があるはず、と言わざるを得ないのではある、嘘でも民俗学を標榜して世渡りしてきた立場からすれば。*1

 雇用の流動性を高めることの必要と、それを政策として実行した場合の弊害含めた効果について、当時の小泉改革の視線からどれくらい穏当に予測されていたのか。最低限、竹中平蔵個人の裡で、どうなるのかについての未来予想図が、果たしてどれくらいの確信と共にあったのか。そもそも本邦の労働環境、殊にここで言われているような労組をめぐるそれについての、明治このかたの本邦近代のありようとまで言わずとも、少なくとも戦後社会の転変と根深くからまってきた固有の経緯来歴について、どこまで政策決定に直接関与する立場としての責任と共に「わかる」を自分のものにしていたのか。

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 「経済(学)」は、少なくとも政策決定に関わる局面においては、そしてそのような局面が学問的成り立ちからして不可避なものであるのなら、それはいわゆる社会「科学」になり得ない、あるいは、なる/なれると思ってしまってはならない――純正私立文系3教科由来の人文系民俗学者という外道の立ち位置からは、ぼそっとそうつぶやいておく。*2
 

*1: だって、こんなかなりひどい (ほめ言葉「でも」ある、為念) コラまでこさえられるキャラであり、そういうアイコンになってしまっていること、もまた現実なのだからして。

*2:民俗学について「経世済民の学」と、ぼそっとつぶやくように言うていた(まあ、あれは晩年、戦後ではあったような……)柳田のジイさん、を思い出しながら。