モニタ越しの「読む」のこと・メモ

 電子書籍は「読む」にならんのよ……自分的には(´ω`)

 タブレットであれPCであれ、モニターの画面を介している時点でもう「読む」にならんのはあれ、なんでなんだろ。視線がすべってゆくというか、文字「列」としてしか認識できなくなるというか。

 「書く」の方はもう致し方なかったというか、ワープロ専用機の頃からキーボード「入力」になじむようにしてきたせいで、手書きの感覚自体がもう情けないことに一定の文脈での長文まとめて書くことから離れてしまって、メモ書きやノート程度のことしかでけんようになっとるわけだが。

 おそらくその「書く」ために「考える」過程もまた、キーボード「入力」以前とはまるで違うものになっている可能性かなりあるんだろう、と。

分かります。
モニター越しだと一定以上の長文が一気に入らないんですよね。途中から脳が認識を拒否するというか。
私も初めのうちは(再販制度が無く安いので)嬉しくて電書買いまくっていましたが、最近は漫画だけですねえ。

たしかに、目線の自由を奪われている感覚はありますね。見開きのページで、紙なら目線を移すだけで見れるものが、スワイプすることで連続性を切ってしまうようなところも。


ところで『目(視線)がすべる』って言葉、とてもしっくりくるんですが、いつ頃から現れた言葉なんでしょうか。

 いつ頃からなんでしょうか。自分は意識せずに使ってました。どうも「目が滑る」というか「流してしまう」感じがありますよね。

主旨ズレかもですが、自分自身度々感じるのが電子書籍は途中で止めて読み切らないまま放ったらかしいても何故かあまり惜しくないんですよ。貧乏性なのに、不思議と。
心理的にも物理的にも「距離感」が違うんでしょうか。視覚情報だけに。

わかります。
モニター越しだと一定以上の長文が一気に入らないんですよね。途中から脳が認識を拒否するというか。
私も初めのうちは(再販制度が無く安いので)嬉しくて電書買いまくっていましたが、最近は漫画だけですねえ。

感覚的には眺めるに近くなりがち。当方システム屋だからそれでも「読」まないといけないけど、、、。

昭和脳ミソはもうね😃
イキッてない気の抜けた天然水( ꒪д ꒪▽

脳が画像として認識しますよね。資格試験では、過去問Webサイトで勉強してある程度合格の手ごたえもあるのに、試験本番では問題用紙の文章がどうにも頭に入ってこず、つたなくも不合格という例もあるようです。