修正資本主義の更新を・メモ

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 産業革命では、機械が発達、大量生産が可能になり、手工業で生きてきた人たちから仕事を奪った。機械を憎み、打ち壊すラッダイト運動というのが起きたが、事態は改善しなかった。5、6才の子供が14時間労働を強いられ、平均寿命は非常に低かった。生きるか死ぬかのギリギリの生活を強いられた。


 原因を指摘したのがマルクス。人間から雇用と収入を奪ったのは機械ではなく、「資本」だと喝破した。資本家は、大型の機械を購入する資金がある。機械で大量生産。商品を安く売って手工業を破壊、あふれた失業者を雇い安い労働力を確保。コスト圧縮で増えた利益は資本家が独り占め。


 犯人は機械ではなく資本だと気づいた労働者は、一斉に働かないことにより資本家の利益を破壊する「スト」という手法を開発、資本家を困らせることに成功。資本家はロビー活動により、ストを違法とし、重罪にすることで取り締まろうとしたが、労働者の反乱は治まらなかった。


 ロシアに革命が起き、ソ連が生まれると、資本家は恐怖。共産主義国になれば、全財産を没収されるから。ソ連成立で勢いがついた共産主義は次々に革命を各国で起こし、共産主義化した。第二次大戦後の「ドミノ理論」では、放置しておけば、世界中が共産主義化するだろう、と予測もされていたほど。


 資本主義国の雄、アメリカでさえ共産主義運動は盛んで、取締りに苦慮していた。共産主義化を食い止めなければ、資本家は生きていけなくなる。資本主義の体裁を守りつつ、労働者の不満を和らげることができ、共産主義化を食い止められる、新たな社会デザインが求められていた。


 そのモデルになったのが、ロバート・オウエン、ヘンリー・フォードケインズの三人。この三人は、資本主義でありながら、労働者を満足させる独特な提案をした人物たちだった。共産主義化を食い止め、資本主義を維持するのに格好のモデルとなった。


 オウエンは、弱肉強食が当然、労働者を搾取するのが当然の産業革命において、給与を十分に高くし、労働時間を短くし、生協の起源となる、品質が高く安い食材などを販売するなど、労働環境を大幅改善。それでいながら世界一高品質の糸を紡ぐことで経営的にも大成功を収めた人物。


 ヘンリー・フォードは、従業員に高い給料を支払い、八時間労働、週休2日制と、現代につながる労働環境を整備。それにより、世界一高品質の自動車を生産、自社の従業員が自動車を購入して乗り回すという、当時の自動車の高級さから考えると有り得ないことを実現した。


 オウエンもフォードも、当時としてはかなりの「変わり者」であり、労働者から搾取し、自分たちの利益を最大化することに熱心な資本家たちから、必ずしも受けいれられていたわけではない。事実、アメリカでさえ、「怒りの葡萄」に描かれるように、庶民はまだまだ低賃金にあえいでいた。


 オウエンやフォードなどの、「変わり者」だが、確かに実現した実例に、理論的補強をしたのがケインズ。「穴を掘って埋める」だけの、何の役にも立たないことであっても、労働者にしっかり報酬を支払えば、消費をすることでお金が社会を巡り、経済がよくなるということを理論的に示した。


 オウエン、フォード、ケインズの三人の提示したモデルなら、資本主義でありながら、労働者は十分な報酬を得て満足できる社会が作れる。共産主義でなくとも、労働者が幸せに生きていける社会が実現できる、と考えられた。共産主義になるくらいなら、と、資本家もこの社会モデルに賛成した。


 第二次大戦後の資本主義社会は、オウエン、フォード、ケインズの流れを汲む、「労働者に十分な収入と、無理のない労働環境」を実現することを選択した。この方針は大成功をおさめた。数十年経って、ソ連が崩壊すると、この「修正資本主義」は、共産主義より優れた結果を出すことが示された。


 ところがソ連崩壊後、妙なことが起きる。イギリス、アメリカ、そして日本で、所得税相続税法人税の見直しが起きた。これらはいずれも、資本家(お金持ち)に有利な制度変更だ。高所得者への税率が引き下げられ、相続税が引き下げられ、株主への配当を手厚くする前準備としての法人税引き下げ。


 これらの税制改革は、「お金持ちが資金を他国に移したら資金不足に陥って大変」と不安を煽られて実現した。お金持ち優遇をしないと国として成り立たない、というのが理由。ただ、もう一つの側面があるように思われる。「共産主義への恐怖」が失われたためではないか、と。


 ソ連を初めとする共産主義国の連鎖崩壊は、あまりにみっともない形だったので、共産主義への失望が世界に広がった。また、修正資本主義により、労働者は資本家と戦う理由もなく、労働運動は低迷するようになっていた。資本家は、共産主義を恐がらなくなった。全財産を没収される心配がなくなった。


 共産主義への恐怖がなくなり、自分の資産を奪われる心配から解放されてみると、「なんで労働者にこんなに高い給料払わなきゃいけないんだよ」という不満が湧いてきても不思議ではない。「大株主でこの会社の支配者なのに、なんでこんなに税金を払わなきゃいけないんだよ」。


 そうした資本家の不満が、所得税相続税法人税の見直しにつながったと考えると、いろいろつじつまが合う。共産主義が怖くなくなったら、資本家は、労働者に利益の分け前を渡すのが惜しくなってきた、と考えると分かりやすい。


 共産主義への恐怖」がない以上、資本家が「全財産を没収されることはない」とタカをくくっている以上、オウエン、フォード、ケインズらが形成した「修正資本主義」に戻ろうとする力も弱い。資本家には、「修正資本主義」に戻らねばならない明確な理由はないからだ。


 課題は、「修正資本主義」も老朽化し、綻びが見えていたこと。道路を公共工事で作っても、景気が以前のようにはよくならなくなっていた。報酬が消費に結びつかないし、ほしいものはほとんど手に入れた豊かな社会では、ケインズのいう乗数効果も表れにくかった。


 だから、現代の日本が抱える課題は2つ。現代日本で大きな政治力をもつお金持ち(資本家)が、共産主義が復活するのでもない限り、「修正資本主義」に戻そうとは考えにくいこと、よしんば「修正資本主義」に戻しても、昔のままではうまく機能しないこと、だ。


 裕福な人たちに、「利益を独り占めしようとするな、多くの人に分配せよ」と説得できるか。「修正資本主義」でありながら、地球環境に配慮し、浪費型生活を改めつつ、それなりに楽しく暮らせる社会は実現できるのか。この二つを解決することが求められているように思う。


 このように考えていくと、「AIが人間から仕事を奪い、路頭に迷わせる」という主張は、AIをスケープゴートにし、資本家に攻撃の矢が向かないようにする、カモフラージュ論だと考えた方が正確かもしれない。事実、戦前より機械が発達したはずの戦後は、雇用が守られたのだから。


 なぜ戦前は、労働者が苦境に立たされ、戦後は労働者に有利な環境が確保できたのか。資本主義国が、資本家に利益を独占させない社会に変わったからだ。利益を労働者になるべく手厚く分配する社会システムを選択したからだ。ならば、AI時代にも、同じ選択をすればよいはずだ。


 雇用を奪うのは、機械でもAIでもない。金持ちに手厚く配分し、庶民に利益を分配しようとしない社会システムに原因がある。「共産主義への恐怖」がない時代に、新しいスタイルの「修正資本主義」を構築できるのか。我々の世代の責務だといえる。

*1:巷の無名子、野の知性においてもこれくらいの穏当で筋道の立った考察はいくらでも出てくるし、また、それを受け止めるだけの知性も地に満ちている。問題はおそらくそこから先、それらの知性の遍在を「社会」を具体的に動かし、再構築してゆく仕組みの側に反映させてゆく回路がボトルネックになっているらしいこと。で、それは今に始まったことでもないらしい本邦近代このかた、あるいはそれ以前からの宿痾、習い性にも関わっていることでもあるらしく。