那須正幹の記憶

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おれは子ども部屋の2段ベッドの上の段に腰かけていた。友達のお母さんが家に来て、下の階で母親と会話していたが、友達のお母さんはおれの名を呼びながら階段を上がり部屋に入ってくると、2冊の本を差し出した。「これ絶対に面白いから」おれは6歳だった。そのとき読書と那須正幹と趣味と出会った。


おばちゃんが帰ると、おれは一人でもらった本の一冊(『あやうしズッコケ探検隊』)を読み始めた。それまで図鑑や絵本を読んでいたが字ばかりの本というものを読んだことはなかった。あまりに面白くて夜になってもそのまま読み続けた。夕飯も読みながら食べた。


夕食を食べながら読んでいると笑ってしまい父親に「まるでマンガみたいだな」と言われた。「これはマンガより面白いんだよ」と答えた。おれはその日から今日までインフルエンザで寝込んだ日を除くと本を全く開かなかった日というのはない。あの日貰ったのが那須正幹でなくともそうなっていただろうか。


10歳のとき友達に「これまで本を読んだことがないんだけど面白い本ある?」という意味のことを聞かれた。おれは悩んだが那須正幹の本を渡し「これは絶対に面白いから」と言った。すっかり忘れていたが、一昨年小学校教諭になっていた彼に会ったとき「あれから少し本を読むようになって」と言われた。


「朝、授業前に数分読書する時間なんてあるんだけど」教師になった彼は言った。「『先生もみんなくらいの頃は一冊も本を読んだことがなかったんだ。でも友達に教えてもらった本が面白くて、読むようになったから』って言って、子どもに読書を薦めてるの」と地元の飲み屋で聞いた。