あるDV譚

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 「今夜殺されなければ、明日には自由だ」。2020年の夏の夜。関東地方の自宅で夫との性交渉が終わった時、女性(35)は天井を見上げて思った。「まだ夫婦なんだから、当たり前だろ」と、最後の夜まで強いられた。翌日、離婚のため、小学6年生から1歳までの子ども5人を連れて家を出た。


 同い年の夫とは九州の高校時代から交際していた。中退した夫が先に上京し、女性は20歳で追いかけた。「亭主関白なところが好きだった」。妊娠を機に翌年、結婚した。だが、週3、4回求められる性交渉を拒めば、たちまち機嫌が悪くなり、暴言を吐き、物に当たった。それは結婚前から変わらなかった。


 夫の親族が営む小さな会社に夫婦で勤めていたため、朝から晩まで一緒だった。夫は家事や育児を一切せず、家ではソファでゴロゴロするだけ。「自分さえ我慢すれば、子どもたちが危害を加えられることはない」。夫の言いなりで体を差し出すことに、次第に心が麻痺した。


 避妊を頼んでも、一度もしてくれなかった。上の子2人と下の子3人は年子。一度は流産もした。2人目と3人目の間でたまたま数年妊娠しなかったため、自分は妊娠しにくい体質だと思い込み、避妊についてはあまり深く考えていなかった。
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 妊娠中も女性の体調が良ければ普段通りの頻度で求められた。毎度、切迫早産になると、その時だけはあきらめたが、手や口でさせられた。妊娠が続いたため、産婦人科では、母体が完全に回復する前に妊娠するリスクについて説明を受けた。


……子どもが1歳半や3歳になった際の健診では、保健師らから育児のサポートはあるのか心配されたが、夫に性交渉を強いられていることは疑われもしなかった。夫は時折「5人もいたらオレから離れられないよな」と口にした。職についていない時期もあったが、今は7人家族の長でいることが自慢だったようだ。


 「子どもは何人いてもよくない?」とも言った。女性は一度、実家の母に相談したこともあった。すると、「別れて、どうやって子どもを養うの?ある程度やり過ごして、耐えるしかない」と言われた。それ以来、相談することはなくなった。確かに夫はまじめに働いてお金を入れてくれた。


 一軒家を建て、ぜいたくはできなくても生活に困ったことはない。機嫌がいい時はごくふつうの家庭のようで「幸せだな」と思ったこともあった。女性は末子の出産後、必要に迫られて自動車学校に通った。家と職場以外の世界は初めて。


 指導員や教習生と出会い、「普通の男の人ってこんなに優しく話すんだ」と驚いた。自動車学校のツイッターを見たくて、アカウントを作った。それまでSNSは夫に禁止されていた。ある日、性交渉を強いられる日常についてつぶやくと、「それはDV(ドメスティックバイオレンス)だよ」とコメントがついた。


 私が受けていたのはDVだったのか、と驚いた。同じような目に遭っている人が、たくさんいることも知った。妻の意向を聞かずに妊娠を繰り返させて支配する「多産DV」という言葉も知った。自分もこれだと、目が覚めた。離婚を決意した。長子が中学生になる前の、最後の夏休みに家を出ると決め、


 1年以上秘密裏に、家や仕事を探した。


 離婚を切り出すと、夫はまたもや言った。「子どもをつくろう。そうすれば、出て行けないだろ」その後も「今だったら許してやる」「金は出さないぞ」と抵抗し続けた。「離婚なんてうそだよな」と、下手に出る日もあった。


 女性の決心が固いのを知ると、「離婚するまでは義務だ」と、同じ頻度で性交渉を求められた。機嫌を損ねないよう、応じ続けた。ただ、避妊だけは懇願した。いま妊娠すれば、すべてが水の泡になるからだ。生活費は夫から現金で渡されていたため、女性名義の口座はなかった。


 持ち出せるお金は子どもたちの口座に数万円ずつ積み立てた分だけ。新型コロナ対策で配られた一律10万円の特別定額給付金が振り込まれるのを待ち、自分と子どもたちの分だけ引き出して、家を出た。ママ友らに離婚を伝えると皆、驚いていた。子だくさんのせいか「仲良し家族」と映っていたようだった。


 愚痴をこぼすことはあっても、いつも冗談めかしていた。「実はDVを受けていた」と話したら、「こんなに子どもを作ったのに?」。夫婦の間でも、同意のない性交渉や妊娠はDVだと知ってほしくて、包み隠さず話している。自分がそうやって気づいたように。


 女性の子どもたちは、元夫が何をしてきたのか知らない。それが救いだ。ただ、物に当たり散らす父の姿は、何度も見てきた。「あれはDVだったの。だから離れたんだよ」と、少しずつ説明している。4人目を身ごもった頃には「無理やりの行為でできた子」という思いはあった。
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 でも、どの子も一度たりとも、中絶を考えたことはない。授かったからには、自分一人でも育てていこうと決めていた。いまは、苦労して見つけた古くて狭い2DKのアパートに、子どもたちとひしめき合って暮らす日常がたまらなくいとおしい。好きな時間に寝て、起きられる。


 元夫の顔色を気にしたり、夜中にたたき起こされて性交渉に応じたりする必要もない。
「お前は一人では何もできない」と言われ続けた長い年月。その記憶が少しずつ薄くなる。「自由ってすごい。自分で判断していい。誰からも否定されない。すごく幸せ」


 夫婦間の性的DVを明かす人は少ない
DV被害者を支援するNPO法人「全国女性シェルターネット」の北仲千里さんによると、DV被害を受けた女性が子だくさんであることは珍しくないという。パートナーとは関係が破綻していて、性交渉や避妊、もちたい子どもの数を話し合える状況にはないことが背景にある。


 子どもの人数が多いと、経済的にも夫から逃げることが難しくなる。ただ、最初の相談で性的DVについて語ることは少なく、支援を続けて関係を築いた後に「実はこんなこともされた」と打ち明けるという。
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……内閣府男女共同参画局が昨年公表した「男女間における暴力に関する調査」によると、結婚したことがある女性1400人のうち、8.6%が配偶者から性的強要を受けたことがあると回答している。
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 北仲さんは「性的DVも、全国各地の配偶者暴力相談支援センターやワンストップセンターなどの公的機関、民間グループに相談を」と呼びかけている。

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