「弱者」を踏み台にする了見・メモ

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 弱者に足元を救われる経験からガス抜きをさせないといけないという実感を持つに至ったか、もしくは、強者に裏切られる事により、強者は唯一自分のみ、唯我独尊、頼るものなし、という思想に拍車がかかるかいずれかよね。いずれにせよ一旦頂点登った後の経験やわな。まぁリアルでもまだまだ未熟者やバンバン行くで言う感じで突っ走ってプレイヤーやと思っていくしかないな。


 生まれ持っての資産家とかって一握りで、日本って高級官僚なんて普通の庶民の家からも生まれるし、資本主義社会なので貧乏人からお金持ちだって唸るほどいる。所謂彼らは強者だけど、漏れなく辛酸舐め太郎しばかれまくりストイック侍で、中々弱者を取り込んで焼け太りするという発想はもう一つ上。


 最近わいは、50代から70代ぐらいのオッさんはそこら辺どう考えてるのか非常に気になる。要は、弱者をどのようなタイミングで許容できるようになったのか?や。好かんやろうし絶対にしばきまわしてきてるはず。でも弱者がいないと継続性がないってのにも気付く。感情と論理の擦り合わせだけの問題か?


 叩き上げは己も相手もしばきあげて上り詰める事に幸福を見出してるのでそれは生半可ではない。背負うものがでかくなると叩き上げてても自分の感情などどうでもよくなるのだろうか?一体どのような経験をすれば弱者を許容できるようになるのだろうか。

*1:世代間の軋轢の増大とその表現の、ある定型的なもの言いの論理として。