「中流」からこぼれおちる恐怖・メモ

 東京の真ん中で子育てしていて強く思うのは「ボケっとしてたら“中流”から零れ落ちる」という恐怖感をみんなすごく内面化しているってこと。それを避けるために小さい頃からいろんなことを詰め込んで安心を得ようとしている。価値基準も単一で固定的だから劣ること外れることに対する不安がとても大きい。


 そういう風潮にずっとうんざりしてきたからこそ、みんなが出る杭でオッケーという価値評価をもっと浸透させたいとずっと願ってきたけど、どうも内側からの自然な変化を待っていても無理っぽい。最近は外に目を向ける人も増えてきた。飛び出す人たちを応援し逆に東京的価値観が相対化されたらと思う

これで興味深いと思うのは……

十分上に属しているけど自分(たち)こそ中程度と思っている層
  vs
既に下層に位置しているが自分(たち)はまだ中程度だから大丈夫と思っている層

この両者が沿線や地域、学校・職場ごとに並立している感がある。

 「東京」で生活する、ということ自体がもう、全国的なものさしからしたら標準ではなくなっていて、それはそういう意味では昔っからそうだったのかもしれないが、ただ、かつてのように「一億総中流」という幻想(ということにすでになっている)が成り立っていた頃ならともかく、そんなものは(ヾノ・∀・`)ナイナイになって久しい分、余計にそのいまどきの「東京」ライフというやつが、切迫したものにならざるを得なくなっているように思う。