「政治」の駆動力としての「広告・宣伝・メディア」

 もうな、エコでも再生エネルギーでも、フェミでもジェンダーでもLGBTでもSDGsでも発達障害でも里山でも多文化共生でも多様化でも(以下随意)、いずれそういう近年もてはやされてきた大文字の「そういうもの」スローガンの舞台裏に、中国系利権がびっしり貼りついとったりせんのん?

 本邦近年の情報環境における「政治」なんてのも、そういう大文字のスローガンの「広告・宣伝・電通系」仕掛けの浮力まかせに、あんな利権こんな天下りを鈴なりにぶら下げながら、現実から乖離したグロバ資本主義のからくりに棹さしてかっぱぐたてつけ張りめぐらすことにしかなっとらんのでは?「政治」&行政駆動の「イベント」なんざ、典型的にそれ、やろ、とっくに。

中国系とは限らないが、色々と金儲けのニオイがするのは確実。いや、儲けるのは悪ではないが、あまりに不公平だとちょっとね。

結局、そういうもの全てが中国利権に思えるほど、この数年間でパワーオブアメリカからパワーオブチャイに世界情勢とともに変わったってことなんじゃないかなって感じます。