イーロン・マスク、と米国式俗人経営の功罪・メモ

90年代輸出製品でボコボコにやられたアメリカの製造業が「日本企業はなんであんなに強いんだ」と調べて、「奴等の秘密がわかったぞ!」と「朝のラジオ体操」を真似た話がなかったっけ?

イーロンマスクの社内メールから読み解く生産性を上げる6つの秘訣

  1) 参加者が多すぎる会議を無くす
  2) 自分が貢献出来ない会議は退出
  3) 無駄な伝言ゲームを無くす
  4) 見せかけの賢さより正しさ
  5) 多すぎる会議を無くす
  6) 社内ルールより常識


伝統的日本企業の低い生産性は大抵こういう所だよね… twitter.com/liamkircher/st…

twitter.com/Takahiro0309/status/1593002785968394240

 日本企業にも米国企業にも勤めたけど、どっちが絶対的に優れているとは感じなくて、一長一短。日本式の何でもかんでも人数集めていちいち総意を取る(という建前で、本音は会議の前に裏で方針は決まっている)というのは確かにすっげーめんどくさくて非効率なんだけど…


 アメリカ式の「責任者決めてそいつがビシバシ何でも決めてゆく」っていうのは、その責任者に責任に見合うだけの能力があれば回るんだけど、往々にして「ちゃんとやってますアピール」だけが上手くて実力の伴っていない奴がそのポジションに就く。


 そいつは自分がやるべき仕事を部下に丸投げして手柄だけ自分のものだと吹聴するレトリックに長けている。それならまだマシなほうで、何もしていないくせに進捗報告を粉飾するレトリックに長けている奴も少なくない。そいつに仕事を任せて「実際全て上手く進んでいます順調です完璧です」という…


 報告を真に受けて、そいつがある日とつぜん転職して、蓋を開けてみたら何もかも口先ばっかで問題山積なのに放置していたことがわかって大騒ぎ、というのも何度も経験した。そういう奴は転職した先でもまた同じ手口で職務詐称を繰り返す。


 アメリカ式の俗人的な仕事形態は、そいつが本当に何をどこまでやっているのかを見極めるマネージメントの能力が問われる。ところがマネージメント職もまた俗人的になり得る訳で、そこに縁故とか個人的関係が入るとすぐにグッダグダになる。


 問題が露呈するのは大抵問題の人物が辞めたあとの話で、悪いのはぜんぶそいつの所為にされて、何でそんな職務詐称がまかり通っていたのか、そいつの軽口を見抜けなかったマネージャーの責任や組織としての監査体質は不問にされる。そしてまた同じ過ちを繰り返す。


 俗人的な権限の集中ってのは、そういうリスクと背中合わせでもあると実体験として思うのだ。あとは好き嫌いの問題で、僕は日本式の組織にはなじめなかったのだ。