文学

現代民話、ひとつ

*1 むかし友達のドカタの現場監督が中国人を3人臨時で雇っていてな、まだ景気の良かった頃なので旧い中古住宅に住まわせて。そんでその近くに公園があって、そこで彼らは実に巧みに鳩を捕まえては首を落としては近所の木に吊るし血を抜いて食っていたのだが…

物語というトンネル

www.jigowatt121.com このあたりの違和感は最近、若い衆世代の感覚としても観察されてきている。与えられている枠組みから外れることを忌避する。いや、忌避するよりもなお、そんな選択肢があること自体を想定しない、ないしはできない。なぜそんなことをし…

寅さん50周年、のワヤ

山田洋次と松竹の迷走暴走耄碌っぷりは、ついにここまで来た。\最新情報❗/ 新作映画『#男はつらいよ お帰り 寅さん』の主題歌が決定!記念すべき50周年・50作目に華を添えるべく、#サザンオールスターズ の #桑田佳祐 さんが主題歌「男はつらいよ」を…

小次郎、そして石松「伝説」

*1 そういや、浅井長政がいつ頃から美男子で定着したのかってツイートを何件か見かけたけど、佐々木小次郎も大概美形って事にされてるよね。— 第4インター系 (@Lev1026) 2019年2月13日 小次郎が美形というイメージを定着させたのは吉川英治でしょうけど、そ…

文系学者は作家くずれ説・雑感

学問は勝った負けたが大事ではなくて、互いに知識を補って、真理に近づくことが目的。しかし、文系にはこの学問観を共有していない人が多い。昔、ある文系の先生に聞いた話だが、文系の学者は作家を目指して挫折した人が多いのだとか。だから、事実に向き合…

藤原審爾、のことなど

ちと必要あって藤原審爾のことをこのところ少しさわり始めとるんだけれども、いやほんまにこれ、かなりの売れっ子で仕事もしてきた御仁なのに、ほとんどちゃんと論じられたりされとらん書き手になっとるのは、いつものこととは言いながら、なんでなん? と。*…

「工作舎」的ファッショナブルの来歴・メモ

*1 1970年代末から90年代初頭にかけて、自然科学と今でいう自己啓発をないまぜに雑学衒学とりまぜていい加減なこと吹きまくっても締めにフランスの哲学者や英語圏の科学者の引用(正確でなくても加)いれれば、世間でまかり通れる時代がありまして— 原田 実 …

ことばに合焦してしまう意識の習い性・メモ

クラシックやジャズが「高級」で「知的」な音楽で、かつての「教養」の一角すら形成していた理由について。あれ、要は「歌詞」がなかったから、という事情もあったと思っている。 ことばと意味とにまつわらされているある種のめんどくささみたいなものは、同時に通…

「なろう」とその界隈・メモ

ラノベと「なろう」その他について、Twitterより。 昨日は操觚の会トークイベント、「小説家になろうで小説家になろう」なる刺激的なテーマとあれば来聴せずんばあるべからず。ケータイ小説末期に大学生のベンチャーとして始まったサイトが生き残った理由、…

「おはなし」の生態系・雑感

「おはなし」が存在する/できる場なり関係なりの仕切りがなしくずしにgdgdになっていった経緯、ってのもあって、それがいろいろ悪さしとるところ、あるんだろうなぁ、いわゆる「歴史」認識のありようなんかにも(´・ω・`) #なんかいろいろ見させられとる昨今 虚構…

とあるブンガク

*1 今から15年ほど前、20代後半の頃に個別指導系の学習塾で数年間働いていた。担当は男子中学生ばかりだったがその中に明らかにオーラが違うイケメンがいた。今で言えば坂口健太郎によく似ていたので、ここでは彼を坂口君と呼ぶ。坂口君は身長180弱、不良っ…

安さんと大宮、その他・メモ

安さん、と、大宮のこと。「無法松の一生」が下敷きになっていること。 ただし、その上で山田洋次的な「はなし」の枠組みが随所に特徴的に現われてくる。舞台となる共同体≒ムラにある日ふらりとやってくる得体の知れない主人公。 流れ者で非定住で少なくとも良…

刺青と「あの世」の通底・メモ

*1 入れ墨、文身にしても、それを「背負う」際にどのような意匠を選ぶのか。単に強そうだから、脅しが効きそうだからといった理由だけでそれらが選ばれていたと考えるのは、貧しい発想だろう。 文字を使うか、絵柄にするか。しかしこれは「文字」と「それ以外」…

「雄弁」と浪花節・メモ

「演説」は「雄弁術」という輸入の枠組みを下敷きに、ある意味では物真似的に写されてゆくものでもあった。そこには言葉の調子や声の抑揚などと共に、上演する主体の身振りなども含めて割り振られるものであり、その意味では初期の「演劇」などと近い、上演を前…

「言文一致」と情報環境、その他・メモ

*1 大宅壮一や富士正晴ら、三高人脈が「言文一致」を大阪弁でやり始めるのは相当に遅かったのではないか。 漫才作家としての秋田實が、むしろ東京からの西下組で大阪弁のダイアローグに敏感に反応していたこと。その理由や背景など。 「言文一致」と一様に言わ…

片岡義男と橋本治・メモ

片岡義男という書き手は、あらかじめ「日本」から遠ざけられた存在でした。デタッチメントの感覚。80年代のあの爛熟した「豊かさ」の極相において、それらを突き放したところでじっと観察できる〈リアル〉を持っていた。だから、カドカワ全盛時のヒットメー…

児童文学と大阪児童文学館事件・メモ

児童文学というのが気に入らない。絵本だ童話だ読み聞かせだ、と昼日中から図書館だの児童館だの男女なんたら参画センターだの役所まわりのたまり場で、そこが当然の居場所のごとくふるまっている一群の人がた。そういう手合いがどうしてのうのうと世渡りで…

安さん、と、大宮のこと

安さん、と、大宮のこと。「無法松の一生」が下敷きになっていること。 ただし、その上で山田洋次的な「はなし」の枠組みが随所に特徴的に現われてくる。舞台となる共同体≒ムラにある日ふらりとやってくる得体の知れない主人公。 流れ者で非定住で少なくとも良…